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そして世界に竜はめぐる  作者: 美汐
第七章 飛竜の谷
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飛竜の谷 2

 アカがばさりばさりと翼を大きく打ち、地上へと降り立った。辺りの砂がわっと飛び散る。それに続いてユクサール天馬騎士団の騎士たちも、次々と降り立っていった。

 そこは、切り立った崖に挟まれた渓谷で、周囲には特にこれといって目につくようなものはなにもない場所だった。

 ニナがそこでアカから降りるのを見て、他の面々もそれに従った。


「ここが飛竜の谷? しかし、どこに竜の民が暮らしているんだ? まるで姿が見えないが」


 エレノアがそう言うと、ニナが振り返って言った。


「ついてくる。ニナ、案内する」


 そうしてニナはアカを引き連れて前へと進んでいった。そちらのほうには切り立った岩壁がそびえているばかりのように見える。

 不思議に思うエレノアたちだったが、ニナが案内すると言ったことを信じ、それについていった。

 岩壁に近づいていくと、先頭を進んでいたはずのニナがふっと姿を消した。続いてアカも一瞬で見えなくなった。


「え? ニナ? どこへ行った?」


 戸惑うエレノアの声に、岩壁の中からニナの声が響いた。


「そのまま進む。壁、通れる」


「ふえ?」


 思わず変な声を出してしまったエレノアである。


「きっと、この一見なんの変哲もない岩壁には、なんらかの魔力がかかっているんだろう。昔の文献で、自らの住み家を隠すために、そうした幻影魔法が使われた事例が載っていたのを読んだことがある」


 オドネルが前へと進み出た。そして、すっと正面の岩肌に手を伸ばす。すると、その手が岩肌の中に融けたように入り込んでいった。


「大丈夫そうだな」


「な……っ! 本当か?」


 エレノアはオドネルの岩壁に入り込んだ手を見て、驚愕しつつも自分も同じように目の前の岩壁に手を伸ばした。

 そして、あるはずの感触の代わりにひんやりとした冷気を感じ、自分の右手が岩壁の中に入り込んでいる様を自身の目に見つめていた。


「確かに通れる。なんという不思議な……」


 とにかくそこを通れるということが判明したことで、ユクサール天馬騎士団も岩壁を通り抜けて行ったのだった。






 魔力でできた幻の岸壁を通ると、内部はトンネルのようになっていて、トンネルを抜けると、眼前が大きく開けた。そして、そこにあった光景に、ユクサール天馬騎士団の面々は、みな一様に目を見開いていた。

 山あいにあるその場所には、いくつもの家々が点在していた。丸太を組み合わせた作りの家屋が、草原の斜面にぽつりぽつりと建てられている。周りは高い山々に囲まれ、峻険な岩山で取り囲まれたそこは、自然の叡知で作られた、大きな鍋の底のようだった。そして、鍋の底の上には広大な空が広がっていた。その空の中を、何匹もの飛竜が泳ぎまわっている。

 えも言われぬほどの、雄壮な光景だった。


「ここが飛竜の谷」


 ニナの声で、ようやくエレノアたちの意識がそれぞれの体に戻っていった。それでも、みなの心の中には一様に、ある種の興奮がたぎったままだった。


「本当にあったんだな。しかし、こんなに飛竜がいるとは。驚いた」


 エレノアが興奮冷めやらぬ様子で、そんな言葉を口にした。


「ここは飛竜と竜の民の暮らす村。ヒラキア。ニナの生まれたところ」


 ニナは淡々と言うと、おもむろに歩き出した。


「ニナ? どこへ?」


「村長の家、案内する。ついてこい」


 そう言うので、ユクサール天馬騎士団のみなは、とりあえず彼女についていくことにした。

 村を歩いている途中、他の村人たちとすれ違った。

 彼らはエレノアたちの姿を見て、先頭を歩くニナに詰め寄った。


「ニナ! 外の人間をなぜ連れ込んだ!」


「わかっているのか! この場所は、外の世界の誰にも知られたらいけない!」


 口々に言う彼らの頭にも獣の耳が生えており、尻からは長い尾も垂れ下がっていた。長さには個人差があるらしく、長いものもあれば短いものもあった。

 しかし、ユクサール天馬騎士団を見た彼らの反応は、一様に厳しいものばかりだった。

 ニナはそんな彼らに対し、子供ながらに堂々とこう返していた。


「今から村長に会いに行く。村長が人間らとのことを決める」


 ニナの言葉に、彼らは言う言葉をなくしたように押し黙った。そして、すごすごとその場から立ち去っていった。

 どうやら、この村における村長の権限はかなりのものがあるらしい。そして、ニナの存在もどこかしら特別な存在であるように見受けられた。

 村長の家は、村の中でも高い場所に建てられていた。その少し離れた左のほうには風車があり、もし風が吹いていれば、一年中回り続けているに違いないだろうと想像できる。

 しかしそれは、今は微動だにすることはなかった。下草がなびく音もせず、風景がそこで止まってしまったかのようだった。

 そんな光景に、エレノアの胸はふときしんだ。



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