飛竜の谷 1
ニナとアカは次の日、約束通りミヘン村へとやってきた。降り立ったのは村のはずれのほうだったが、噂を聞きつけた村人たちが、数人ほど近くまでやってきていた。飛竜とその背に乗っていたニナの姿を見た彼らは、驚きつつも興味津々な様子で、遠巻きにその姿を見つめていた。
ニナは相変わらず薄汚れた身なりだった。髪の毛の間から見えた長い獣の耳をぴくぴくと動かし、周囲に視線を走らせている。
待ち受けていたエレノアが、騎士団を引き連れて、ニナとアカのほうへと近づいていった。
「よく約束を守ってくれたな。ありがとう」
村人たちのもう一人の注目の的であったエレノアが、自分の胸辺りまでしかない獣人族の少女にそう声をかけた。声をかけられたニナは少しきょとんとしていたが、エレノアに視線を向けると、こくりとうなずいていた。
「昨日話をしていたことは、覚えているか?」
エレノアはできるだけ言葉を柔らかく、慎重に話をすることに心を砕いていた。この前のように警戒をされてしまってはいけない。その思いから、普段の彼女からは想像もできないほど優しい姿を、ニナに見せていた。
それが功を奏したのか、ニナはゆっくりとその口を開いた。
「飛竜の谷に行きたい。連れていってほしい……」
つたない言葉遣いは、子供であるからか、獣人族であるからか。しかし、人間と同じ言語を使っているということは、意志の疎通はできるということだ。つまり、話し合いができるということ。
エレノアは、飛竜を操る彼らと接触をはかり、協力体制を築く算段をしたいと考えていた。
「連れていってくれるか?」
エレノアは、真剣なまなざしでニナを見つめた。ニナはその視線をまっすぐに受け止め、しばし沈黙する。二人の瞳の色は、偶然にも同じ深緑色をしていた。澄んだ森の色をしたその瞳の色が少女の心を動かしたのか、ニナはそれからこくりとうなずいて見せたのだった。
ニナとアカを先頭に、ユクサール天馬騎士団は二列に並んで空を飛行していた。飛竜と天馬が並んで空を飛んでいく姿は、壮観ですらあった。
エルネストは、部隊の後方をオドネルと並んで天馬を駆っていた。
風を切って進む彼の目に映るのは、雄大な山々。そんな山々の間を走る谷底は深く、もし天馬から投げ出されて落ちてしまえば、もちろん命はない。それどころか、死体を見つけることさえ困難になるだろう。
空を飛行することには随分慣れたつもりのエルネストだったが、やはりあまりに深い谷底を見て、その体に恐怖が走った。思わず手綱を握る手に力がこもる。
しかし、こんな人里離れた未開の地に住む獣人族とは、いったいどんな種族なのだろうか。飛竜を操り、ともに共存している不思議な種族。
獣人というのは、その名のとおり、人と獣の両方の特徴を持つ種族だ。獣の耳や尻尾を持ち、鋭い犬歯を持っている。見た目はほぼ人間に近いが、やはりこんな山の奥地に暮らすということは、どこかしら獣の血がそうさせている部分があるのかもしれない。
エルネストはそんなことを思うのと同時に、これから会うことになるだろう未知の種族に対し、不安や期待に胸を膨らませていた。
(飛竜の谷とはどんなところだろう。そこにいる獣人族とはどんな人たちなんだろう)
任務ではあるが、エルネストにとって、これは大いに胸を熱くする出来事だった。
やがて、ニナを乗せたアカが進行方向をやや左手に逸らし、下降し始めた。ユクサール天馬騎士団もそれに続く。天を駆ける彼らの姿は、深く波打つ谷底へと消えていった。




