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そして世界に竜はめぐる  作者: 美汐
第六章 闇へと通じる穴
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闇へと通じる穴 1

 飛竜は夜目が利くらしく、暗闇のなかでも迷うことなく進んでいった。天馬も夜行性ではないものの、夜目はよく利く。

 森の上空を駆けていくと、森からバサバサと多くの鳥が飛び立っていく音が聞こえてきた。

 黒い森は、なにか不気味で底知れぬ雰囲気を醸し出していた。そこに向かって飛竜は降りていく。ユクサール天馬騎士団の一団も、続いて闇の海のような森へと降りていった。

 降り立ったのは、少し開けた場所だった。そしてそこには、大きな大木が生えていた。夜空にそびえるその大木は、なぜか他の木よりもたくさんの葉を茂らせており、枝を大きく空に伸ばしていた。


 エルネストは大木を目にした瞬間、恐ろしさで身を震わせた。その葉の色はどす黒く不気味な色に染まっていた。夜だからというそれだけの理由ではないということを、彼はなぜか本能的に理解していた。ランプのか細い灯りが揺れ、己の動揺が周りに伝わってしまったような気がした。


 淀んだ空気。

 不気味な気配。

 その木の根本に、なにかがある。

 この世界にあってはならないもの。異質ななにか。


「ここから、出てくる。化け物が」


 ニナの声が響く。淡々とした声色が逆に不気味さをあおる。


「確かに魔の気配が尋常ではない。そこに魔の世界へと通じる穴が開いているようだな」


 エレノアの声にも緊張の色が滲んでいた。


「オドネル。この穴を閉じるにはどうすればいい? なにかいい方法はないか?」


 その問いに、オドネルは少しの間考え込んでいた。黒い甲冑でどこにいるのかもわかりづらい。闇に紛れ、闇に沈む彼の姿が、次の瞬間きらりと光ったようだった。月光に照らされた紺色の目が開いたのだ。


「完全に閉じることは難しいと思います。ですが、たぶん光を直接この穴に注ぐことができればあるいは……」


 オドネルは目で合図を送るように、エレノアの顔を見つめていた。そして、合図を受け取ったエレノアが、今度は口を開いた。


「光の力が闇の勢力を弱めるのは、昼と夜の関係と似たようなもの。その理屈は納得できる。だが、光といってもそんなランプのやわな灯りではこの深い闇に飲み込まれて終わるだけ。もっと強力な光をこの穴に注ぐには、やはり夜明けを待たねば無理だろう」


「つまり、朝までここから出てくる魔物を駆逐して過ごすしかないってことですね」


 リバゴが天を仰ぐようにして、腕を組んだ。


「そうするより、ないだろうな」


 オドネルも言った。






 ということで、騎士団の面々とニナたちも含めて作戦を立て、それぞれの持ち場を決めていった。

 リバゴ、オドネル、アーニャ、リュードとその他の団員四名は地上戦。エレノア、エルネスト、ニナとアカ、残りの団員は空中戦を中心に魔物を迎え撃つ手はずとなった。

 ニナによると、陽が沈んでからしばらくすると、穴から魔物たちが現れるのだという。ということは、もういつ魔物が現れるかわからないということだ。


 騎士たちは、じっと木の根本のうろの前で武器を握り身構えていた。

 エルネストもまた、いつでも飛べるように愛馬に乗りこみ、手を汗で湿らせていた。


 ふいに、木の根本辺りの黒い影が膨らんだ。

 と同時に、辺りに漂う闇が濃くなったようだった。

 次の瞬間、ぬっとなにかの腕のようなものがうろから出てきた。それを見て、エレノアが叫ぶように言った。


「来るぞ!」


 そしてついに魔物が穴から姿を現した。まず出てきたのはゴヌード。猪の頭に体は人のような姿をしている。その次に現れたのは翼を持った魔物のグールである。いずれも肌の色はどす黒く不気味な様相をしていた。

 すぐにエレノアは空に飛び立った。エルネストとニナたちもそれに続く。


 地上組はすでに戦闘を始めていた。そこにはすでに三体ものゴヌードと双頭の犬の姿をしたヘルグール二体が出現し、騎士たちに襲いかかっていた。

 オドネルはすぐさま剣で魔物の急所を狙った攻撃を始め、リバゴ、アーニャ、リュードもそれぞれ戦いを始めていた。


 空中戦のほうは、飛び出してきたグール二体と、人のような顔を持つ怪鳥の魔物――ノーマ三体が、エルネストたちの相手となっていた。


 ズバッ!


 エレノアがすばやい動きでノーマを一体仕留めた。月明かりのみで敵を見極めるのは困難なはずだが、さすがにそこは戦巧者である。一瞬の判断を下す速度が誰よりも速い。そこが戦いの勝敗を決めていた。

 飛竜のアカも、ニナを背に乗せて羽ばたきながら、口から業火を迸らせ、グールらに浴びせていた。たまらず逃げまどう魔物たち。そこをまたエレノアが攻めていく。

 そんな戦いを間近で見ながら、エルネストは激しい焦燥に身を焦がしていた。


(戦わなければ! 動かなければ!)


 焦りばかりが先行し、なかなかチャンスが巡ってこない。戦闘のさなかにいる仲間たちの戦いを遠くに感じ、取り残された感にさらに焦りが増す。


(死ぬほど訓練した。こういうときのために、おれは頑張ってきたんだ。それなのに、なぜ固まっている? 動け! 戦えよ、おれ!)


 エルネストの槍を持つ手が震えていた。恐れなのか緊張なのか、彼は空中に愛馬と留まったまま、動けずにいた。

 そんななか、一匹のノーマがエルネストに向かって飛んできた。


「エルネスト!」


 エレノアの鋭い声が飛ぶ。

 その瞬間、エルネストの中で、なにかの鎖がはずれた。

 天馬の腹を蹴り、そのノーマに向かって駆けていく。

 彼は槍を前に突き出し、そのまま突き抜けていった。


 エルネストと魔物は交錯した。一瞬のことである。

 互いに空をそのまま駆けていったが、そのときもうすでに勝敗は決していた。

 エルネストの遙か後方まで飛んでいったノーマは、しばらくして墜落していった。

 エルネストは、体の血が沸騰するような興奮と高揚感に包まれていた。魔物をこの手で仕留めた。自ら動き、働くことができたのだ。

 その余韻はエルネストに自信と勇気をもたらし、先程まで感じていた恐れをどこかへと霧散させたのだった。


「エルネスト! よくやった! いい動きだったぞ」


 エレノアが彼の近くまで天馬で近づき、そう声をかけた。

 そのときには、他にいた魔物もエレノアたちの手によって仕留められたあとのようで、辺りには彼らと飛竜以外のものの影はなくなっていた。


「は、はい! ありがとうございます」


 エルネストは、嬉しさに思わず顔を綻ばせながら返事をした。


「だが、まだまだ油断は禁物だ。なんといっても、朝までどれだけの魔物が穴から現れるのかわからないからな」


 そうだった。とりあえずの危機は去ったものの、まだ穴は閉じられずに残っている。新たにそこから魔物がまた出てくる可能性が高い。

 エルネストは再び緊張が蘇ってくるのを感じていた。



大変お待たせしました。連載再開しました。本年もなにとぞよろしくお願いしますm(_ _)m

なお、しばらくまた作者の執筆の都合で週一更新となります。とろくて本当にすみません。でも、少しずつでも続けていきたいと思っております。頑張ります!

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