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そして世界に竜はめぐる  作者: 美汐
第五章 ニナとアカ
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ニナとアカ 3

 飛竜の背に乗ったその子供は、男なのか女なのかよくわからない容姿をしていた。

 その子供が何事か言葉を発し、飛竜の首をトントンと叩く仕草をした。すると、飛竜はその合図に従うかのように、体を旋回させ、来た方向へと戻ろうとし始めた。


「待て!」


 エレノアは叫び、その飛竜に追いすがった。


「きみはいったい何者だ? なぜその飛竜に乗っている? ここへ来ているのはなぜだ!」


 そんな矢継ぎ早の質問も、子供の耳には届いていないのか、まるきり相手からは反応がなかった。エレノアは小さく舌打ちをし、天馬の尻を叩いて速度をあげさせる。

 これは簡単に話をさせてくれる相手ではない。

 そう踏んだエレノアは、強硬手段に出ることにした。

 オドネルとリバゴに合図を出し、逃げようとする飛竜の周囲を取り囲むように天馬を走らせる。

 天馬に囲まれた飛竜は、大きく翼をはばたかせ、追いすがるエレノアたちを撒こうと滑空する。しかしそのとき、さらにすばやい動きで飛竜の目の前を一頭の白い天馬が駆け抜けた。その天馬はだが、飛竜に攻撃を加えるかと思いきや、なにもせずに通り過ぎただけだった。

 飛竜はそのまま速度を落とさず、駆けていくかと思われた。


 グン!


 突然、飛竜の体が動きを抑えられた。見れば、その体には一本の太い縄がかけられている。その縄の端は、ひとつは茶色の天馬から伸び、もうひとつは白い天馬から伸びていた。そしてその白い天馬に乗った赤い髪の女騎士は、手にしっかりと飛竜を捕らえている縄の先を持ったまま、さらに空を駆け抜け、飛竜の周りをぐるぐると飛翔した。縄はそのたびに飛竜をがんじがらめに捕らえていき、とうとう飛竜は身動きを封じられる形となったのだった。






 飛竜を捕らえたエレノアたちは、どうにかこうにかミヘン村へと戻っていった。暴れる飛竜と子供を難儀しながらなだめ、オドネルがその背に移って飛竜を操っていたが、いつもは沈着冷静な彼も、さすがに疲労困憊の様子である。暴れる飛竜と子供に、つい怒鳴り声をあげてしまう始末だった。


 空はいつの間にか紺碧の闇が広がり、その広大な空間にぽっかりと少し欠けた月が姿を現していた。銀色に光るその月に照らされながら、天馬騎士たちと飛竜はミヘン村のはずれにある草むらに降り立っていた。

 暴れ疲れたのだろう。そのころには、飛竜に乗っていた子供はオドネルの腕のなかですっかりおとなしくなっていた。飛竜もその子供にならうように、ひっそりとなりを静めていた。

 エルネストとリュードがランプに火を灯し、みなの前に掲げてみせる。ぼんやりと照らされた面々が注目したのは、当然その獣の耳を持つ子供の存在だった。年の頃は、人間の子供でいうところの七歳くらいの年齢に見える。

 エルネストは幼いその子供が凶暴な飛竜を容易く扱っていたという事実に、あらためて驚愕していた。


「獣人の子供か……。噂には聞いたことがあったが、こうして目にするのは初めてだ」


 兜を脱いだエレノアが、感嘆するようにそう話す。そのときにはみな、兜を脱いで少しばかり先程までの緊張をほぐしていた。


「まさか飛竜を操っていたのがこんな小さな子供で、しかも珍しい獣人だったとは」


 リバゴも腕組みをしながら、まじまじとその子供を見つめていた。子供はそんな遠慮のない視線を不快に感じたのか、身をよじって後ろを向いてしまった。


「おい。あまり警戒心をあおるな。この子には、いろいろ事情を訊かねばならんのだからな」


 そう言われ、リバゴは決まり悪そうに頭を掻く。子供にはどちらかというと好かれる質の彼だったが、さすがに見ず知らずの獣人の子供を、初対面で懐かせることはできなかったようだ。


「任せろ。ここは女である私がこの子の心を解いてやることにしよう」


 エレノアがそう言って子供に近づいて声をかけるが、その子はちらりとエレノアを見ただけで、ふいっとそっぽを向いてしまった。


「クックック。団長。女といってもあなたでは勇ましすぎて警戒心は解けそうにないですよ。ここはひとつ、アーニャにその役をやってもらったほうがいいように思いますが」


 含み笑いを隠そうともしない幼馴染みの言葉に、ぎろりと睨みをきかせるが、確かに自分の出る幕ではないということを自覚していたエレノアは、素直にその意見に従うことにした。アーニャは戸惑いながらも、団長からの頼みに快く応じて、その獣人の子供の前へと進み出ていった。


「え、えっと……ごめんね。強引にこんなふうに連れてこられて、きっとすごく怒ってるよね?」


 優しげにそう話すアーニャに、その子供はちらりと視線を向けた。やはり、無骨なエレノアとは、同じ女性といえどもあきらかに反応が違う。エレノアは少々憮然とした面持ちだったが、なにも言わずなりゆきを見守っていた。


「あたしたちは、なにもあなたに危害を加えようとしてこんなことをしたわけじゃないの。ちょっとだけ話を聞かせてもらいたくて、あなたと飛竜に来てもらったのよ。だから、少しだけお話させてもらってもいい?」


 その言葉に、その子は少しだけ考えるようなそぶりを見せたが、しばらくしてこくりとうなずいていた。

 騎士団一同はその意外な素直さに驚き、互いに顔を見合わせていた。そして、その子供がなにを口にするのか、興味深く見守っていた。


「まず、どうしてあなたは飛竜に乗っているの? そして、どこからやってきたの?」


 できるだけ警戒させないよう、努めて明るく優しげに訊ねるアーニャ。その子はそんなアーニャの質問を受け、少しためらいながらもゆっくりと口を開いた。


「……ニナは竜の民。ニナはアカと友達。ニナとアカ、飛竜の谷からやってきた」


 可愛らしい、鈴の音を思わせる声だった。そして、名前の響きからすると、この子供はどうやら女の子であるらしい。

 エルネストは、手にしたランプの灯りに照らされた少女の顔をじっと見つめた。揺らめく灯りのなかで、新緑色の瞳にかかるまつげは長く、どこか憂いを帯びていた。薄汚れた身なりをしてはいるものの、よくよく見れば、その少女はなかなかの美少女であった。


「ニナというのはあなたの名前ね? アカというのは飛竜の。あなたは竜の民という一族。そしてあなたたちは、その竜の民の暮らす飛竜の谷からやってきた。そういうことね」


「そう。アカと魔物を追い払うために、来てる」


 その言葉に、みな、はっと息を飲んでいた。


「魔物を? あなたは魔物の気配がわかるとでもいうの……?」


 アーニャの質問に、ニナはこくりと首肯する。


「いつもこの時間になると、この近くで強い魔の力が現れる。森の動物たちもそのせいで棲む場所から追われて困っている。だからニナ、アカと一緒にそこから出てくる魔物を倒す。飛竜は森の守り神だから」


 話す言葉は緊張のせいなのか硬いものがあるが、彼女の言いたいことは伝わってきた。

 そして、このミヘン村周辺で起きていた異変の正体と、その真相が掴めてきた。


「どこかでダムドルンドの世界と通じる穴が開いている可能性が高いな。昼間はその穴も沈静化するが、夕方闇の勢力が強まる時間になると、そこが開き、魔物が発生する。そんなところか」


 オドネルが言った。


「それはまずい。どうにかその穴を閉じないと、ミヘン村は魔物によって滅ぼされてしまうぞ」


 リバゴもそう言い、憂愁の皺を眉間に刻んだ。エレノアがすっとアーニャの横に近づき、膝を折ってニナと名乗った少女の前にしゃがんだ。


「では、今まできみたちだけでこの村を護ってきたというのか」


「ニナ、森を護っているだけ。村のことは、関係ない」


 会話に慣れてきたのだろう。先程はそっぽを向いてしまったが、今度はちゃんとエレノアに対しても顔を逸らすことなく答えていた。


「しかし結果的にそうなっている。村はきみたちのお陰で今まで助かっていたのだ。私が代わりに礼を言おう。ありがとう。ニナ。アカ」


 その言葉に、ニナは驚きを顔に表し、しかしまんざらでもない様子で口元に笑みを刻んだ。


「だが、ということは、今現在その穴が開いている可能性が高いということになる。早くその穴をどうにかしないと、村が魔物に食い荒らされ滅ぼされるのも時間の問題だ。これからすぐにでもそちらのほうに向かう必要がある」


 エレノアは立ちあがり、周囲の仲間である騎士たちの顔を見回した。


「みな、出撃の準備だ! なんとしてでも魔物を村に来させるわけにはいかない」


「はい!」


「了解です!」


 エレノアの指示に従い、騎士たちはそれぞれ出撃の準備のために散っていった。そして、エレノアは後方を振り向き、そこにいたニナに言った。


「案内してくれるな? 私たちもきみたちとともに戦おう」


 その言葉に、ニナは素直にうなずいていた。





ここまでで五章終了です。お疲れ様でした。

そして今回ぶんで今年の更新は最後とさせていただきます。愛読くださったかたがた本当にありがとうございました! 再開は年明けからしばらくあとになる予定です。よろしければ来年も本作をよろしくお願いいたしますm(_ _)m

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