ニナとアカ 1
セイラン国の北東を縦横に伸びるアルバール山脈。その奥地に、飛竜の谷と呼ばれる場所がある。その名のとおり、飛竜が棲むところという意味である。
しかしその正確な場所はいまだ謎に包まれており、飛竜がどこでどのように暮らしているのか、ほとんどわかっていない。
飛竜は風の竜や地の竜などの神竜とは違い、当然神の力は持たず、体も神竜にくらべ、かなり小さい。しかし、神竜の眷属と呼ばれ、近隣住民たちからは、恐れ敬われている。
そんな飛竜が、最近麓の村付近によく出没するのだという。それを聞いたユクサール天馬騎士団の面々は、その調査に出向くことになったのだった。
「偵察隊の情報によると、飛竜が頻繁に目撃されているというのは、ミヘン村の辺りだそうだ。まずはそこで聞き込みをしていくとしよう」
オドネルのその報告に基づき、エレノアたちの第一隊で調査に行くことになった。報告を受けて早々に、騎士団員たちはおのおのの天馬を駆って、ミヘン村へと向かっていった。
ミヘン村は、峻険なアルバール山脈を背にした温泉の湧く保養地である。風光明媚なうえに、その温泉はよく怪我に効くという評判で、なかなか活気のある村であった。
しかし、世界から風が消えた最近では、物騒となった外出を控える風潮が国中に広がり、観光地でもあるミヘン村は、どこか閑散とした印象となっていた。
村に降り立った騎士団員たちは、しかしそれでも山を戴く村の景観に、まずはため息を漏らすものも多かった。
天気は現在のところ快晴である。風はないが、まずまずの天候だろう。
その青い空の下、雄々しくそびえるアルバール山脈。主峰のモーグ山を中心に、頂に残雪を冠した山々が遠くに見えている。
「美しいですね」
エルネストがつぶやくように言うのを、近くにいたリバゴが聞いて応じた。
「ああ。この景色を見る限りでは、世界は以前となにも変わっていないように思えるんだがな。よくよく見ると、やはりこの景色も以前とは違う。くすんで見えるようだ」
リバゴの言葉に、エルネストはもう一度その景色をよく見つめてみた。すると、見えてきたのは朽ちた木々の茶色。動かない風車。花のない村の景色だった。
もう春になるというのに、驚くほど緑が少ない。
風の竜の恩恵がなくなり、世界が刻々と力を失ってきているのだ。言われてみて、その景色が急速に色褪せて見えてきた。これはこの村の本当の美しさではないのだ。
エルネストは、途端にきゅっと胸が締め付けられるような気持ちになった。
「飛竜は、夕方辺りによく現れます」
ミヘン村の村長の家で、エレノアたち騎士団一行は話を聞いていた。騎士団員全員入るには狭いため、エレノアとオドネル、リバゴ、そしてなぜかエルネストも一緒に同席することになっていた。
エルネストは緊張しながらも、団長の後ろで話に聞き入っていた。
「夕方に。その理由はなにかおわかりでしょうか?」
卓を挟んで向かい合いながら、村長とエレノアは会話をしていた。エレノアの問いに、村長は首を横に振って答える。
「いいえ。ただ、飛竜が現れるのと時を同じくして、山のほうからよく動物たちが村に飛び出してくることがあります。理由はよくわかりませんが」
「動物たちが……」
エレノアは右手を口元に当てて、考えるような仕草をした。
エルネストもまた、村長のその言葉に疑問を抱いた。飛竜と動物たちの動き。そこになにか関連性はあるのだろうか。飛竜はなぜ夕方になってから現れるのだろう。動物たちは飛竜を恐れて山から逃げてくるのだろうか。
考えれば考えるほど、よくわからなくなってくる。
なにかそこに重要な意味があるのだろうか。
「だいたい状況はわかりました。ありがとうございました」
結局たいした情報も得られないまま、騎士団員たちは村長の家を辞去した。今晩は村長の好意により、村の宿などを無料で宿泊させてもらえるらしい。村の収入も最近ではあまりかんばしくないだろうに、なにやら申し訳ない。そのぶん、騎士団としていざというときは村の安全を護るとエレノアも誓っていた。
「さて、とりあえず少し辺りを調査しながら、夕方になるのを待つとしようか」
団長のひと声で、騎士団のその日の予定が決まった。




