苦悩の檻 3
朝の訓練に出てきたエレノアの姿に、騎士団員の誰もが息を呑んだ。
げっそりとやつれ、唇はかさかさと乾ききっている。しかし、その目はギラギラと光っており、一種異様な迫力をともなっていた。
「励め! 自己鍛錬を怠るな!」
鬼気迫る迫力の団長の言葉に、騎士団員たちはおのおの我に返り、ぴっと背筋を伸ばして訓練に戻った。いつにも増して、騎士たちの訓練に磨きがかかる。
イニエスタは槍を振りながら、先日のレピデ村でのことを思い出していた。
慟哭するエレノア。
焦土と化した村で、悲痛なその叫びがこだましていた。
エレノアのあの姿を見て、彼女がどれだけ苦しみ悲しんだかを想像しない団員はいないだろう。みな、同じ思いを抱いたはずだ。団長の思いは己と同じ。己の苦しみや悲しみは、団長とともにある、と。
きっとそんな人だからこそ、彼女はみなに慕われ、尊敬されているのだろう。
このユクサール天馬騎士団の結束は固い。
そして、熱い。
(そうだ。いつまでも悲しんでばかりいるわけにはいかない。次こそこの力を存分に発揮する。そのために、訓練に励んで腕を磨かなくては)
その日の訓練は、いつも以上にみなが真剣に取り組んでいた。
「エレノア……!」
エレノアがその日の訓練を終えて部屋へ戻ろうと兵舎の脇の回廊を歩いていると、後ろから誰かが呼び止めてきた。
振り向くと、そこにいたのは副長のオドネルだった。
「……オドネル」
「大丈夫か?」
それは、団長と副長という立場を取り払った、エレノア個人に対する言葉だった。そして、エレノアを見つめる彼の目は真剣そのものだった。
その顔を見つめたエレノアは、ふいに胸に込み上げてくるものを感じた。しかし、それをぐっと堪え、こう言葉を発した。
「心配するな。もう大丈夫だ。少し顔色が悪かったか? 他の団員たちにも心配されたりせぬよう、気をつけておかなければな」
そう言ってそのまま、また歩きだそうとするエレノアだったが、ぐっと腕を掴まれ、動きを止められた。
「大丈夫なわけ、ないだろう? そんな酷い顔をしておいて……!」
くるりと体の向きを変えられ、正面から見据えられた。
「お前ばかりが責任を感じることはない。その責任の半分はおれが負う。それは前も話したはずだよな?」
紺色の鋭い光が、エレノアを見つめる。
思わず目を逸らしそうになる彼女を、しかしオドネルは逃がさなかった。
「エレノア! おれはお前の半身だ。お前の傷はおれの傷でもある。抱え込むな。その背負った大きい荷物はお前だけのものではない。おれが一緒に抱えてやる! だから……」
「……にがわかる」
「……え?」
予期せぬ低い声音に、オドネルの手が緩んだ。
と同時に、ばっとエレノアは掴まれていた腕を振り払った。
「お前に私の、いったいなにがわかるというのだ……っ!」
赤い長髪が、ばさりと乱れる。傲然とオドネルを睨みつけたエレノアは、今度こそ踵を返し、その場を去っていった。
残されたオドネルは、悄然としたまま、そこでしばらくの間立ち尽くしていた。
部屋にたどり着いたエレノアは、ばたんと勢いよく扉を閉めると、そのままの勢いでベッドに倒れ込んだ。
「……なにをしているのだ私は……」
ぎゅっとベッドのシーツを握り締め、歯を食い縛る。
(オドネルはなにも悪くない。あれはただの八つ当たりだ。私は彼に甘えてしまっているのだ。だからあんなことを……)
脳裏に渦巻くのは、レピデ村の惨状。魔物たちの姿。死んでいった人たち……。
そして――。
思い出したくない。思い出したくなどないというのに、否応なく浮かんでくる光景。
目の前で飛び散る鮮血。
空気を切り裂くような悲鳴。
(やめろ。やめろやめろやめろ……っ!)
エレノアは血が滲むほどに唇を噛み締め、うめきを堪えた。
もう、たくさんだ。
あんな思いは、もう、たくさんだ――。
今回で三章は完結です。お疲れ様でした。




