レピデ村の悲劇 1
その知らせが届いたのは、まだ朝も明けきらぬころのことだった。
「出撃だ! すぐに支度をしろ!」
伝令役の団員が、各部屋にそう叫んで回っていた。
二段ベッドの下の段に寝ていたエルネストは、その言葉に驚いて跳ね起き、したたかに上のベッドの底板に頭を打ち付けていた。
「……ってーっ」
じんじんする頭を抱えていると、上の段からリュードがおりてきて、呆れたような視線をエルネストに向けていた。
「まったくドジですね。その光景、何度も見て飽きてきましたよ」
「っせーなぁ。ベッドの上と下の感覚が狭いんだよ! そろそろ上と変わってくれ!」
エルネストの恨みを込めた台詞に、しかしリュードは何食わぬ顔でうそぶく。
「無理ですね。僕は閉所恐怖症なのです。上下をベッドで挟まれている状態など、想像しただけで身震いがしますよ」
「おれはそんな身震いのするような場所で寝てるのかよ!」
「僕からしたらそうなります」
平然とそう答えるリュードに、エルネストは軽く怒りの炎を燃やしていた。
「それより、早く準備して外に出ましょう。こんな時間から出撃とは、ただ事ではなさそうですね」
確かにそれに関してはリュードの言うとおりだったので、エルネストはもやもやと憤懣やるかたない気持ちをぐっと堪えて身支度に取りかかった。
外に出ると、すでに第一隊と第二隊の団員たちがほとんど広場に揃っていた。他の隊は現在別の任務で動いていて、今ここにいるのは第一と第二隊の騎士団員たちだけである。
エルネストたちが列の後ろに並ぶと、前にいた副長のオドネルが声を発した。
「諸君! 早朝から集まってもらったのは、再び魔物発生の報がもたらされたからである! 場所はまた北の国境近くの村。国境警備の兵たちも討伐に向かったようだが、魔物の数や村の状況は伝令の飛ばした伝書鳩の情報から、相当の数の魔物が村を襲っている様子であるらしい。その被害を最小限に食い止めるため、これからさっそく援護へと向かう!」
エルネストはそれを聞き、びくりと肩を震わせた。
薄々そうではないかと思っていたが、魔物発生という言葉を聞き、前回の戦いのことを思い出した。
あの不気味で恐ろしいグールたち。
おぞましい牙を剥いてこちらに襲いかかってくるのを、エルネストは必死で避けていた。
また、あの現場に行くのだ。
正直、恐ろしい。しかし、奮い起つ気持ちもある。
前回はほとんど先輩たちの戦いを横で見ていただけのようなものだったが、次は団長の期待に応えられる活躍をしようとエルネストは心に決めていた。今回の出撃は、そのチャンスでもあるのだ。
(きっと、今度こそ……!)
エルネストはじわりと汗の滲んだ手を、ぎゅっと握り締めた。
やがて簡単なミーティングが終わると、おのおの出撃の準備に向かった。エルネストも愛馬のミルドを連れ、集合場所である広場へと出た。すでにそこには天馬に跨った甲冑姿の騎士たちが揃っており、細長い槍の先が天に向かっていくつも伸びていた。
そして、その中でも一番に目を惹く騎士の姿があった。白い天馬に乗った赤い長髪の美しい騎士。
団長エレノア、その人である。
そんな彼女が口を開く。
「行くぞ! 諸君! われわれの手で、魔物たちを討ち果たすのだ!」
そのかけ声に、集まった団員たちは一斉に呼応する。わーっという大音声が広場に響いた。その熱気に、エルネストを始め、そこにいたすべての騎士たちが気合いを高めた。
そしてエレノアが最初に空へと飛び立つ。それを先頭に、騎士団の天馬は一斉に空へと飛び立っていった。
先輩騎士たちに続くように、エルネストやアーニャ、リュードの天馬も、大きく翼をはばたかせながら、大空へと吸い込まれていったのだった。




