ユクサール天馬騎士団 5
午後の訓練は、郊外に出て、実際に天馬を操縦しながら槍を操る実地訓練となった。
エルネストは自分の愛馬であるミルドに跨って、そのたてがみを撫でながら、自分の出番を待っていた。
広い平野に並ぶ天馬騎士部隊は、壮観そのものである。
それぞれの天馬は、白いものが多いが、なかには黒や灰色、茶色の天馬もいた。
団長のエレノアの騎乗する天馬は純白。他の天馬の白よりも抜きんでて白く、眩しい輝きを放っている。
副長のオドネルの愛馬はそれに対するように、黒。甲冑も黒で統一していて、彼が天馬で飛行している姿は、まるでカラスのようである。
第一隊の参謀をつとめるリバゴの愛馬は、これまた珍しい茶色。豪腕の主を乗せるために、彼の愛馬もまた他の天馬と比べてひと回り大きく、顔つきも勇猛そのものだった。
ちなみにエルネストとアーニャの愛馬は白で、リュードはまた少し珍しい灰色の天馬に乗っていた。
「ふうう。毎度のことながら、緊張しますねー」
左隣にいたリュードがそんなことを口にした。
「確かに、何度やってもこの訓練は慣れないな」
エルネストも緊張をほぐすために、そんなつぶやきを漏らした。
「しかし、やはり団長や副長の実技を見られるのは嬉しいですね。お二人の技術は、もはや達人の域を超えていますから」
「そうだな。いつ見ても惚れ惚れする。あこがれるよな」
エルネストとリュードの無駄口に、右隣にいたアーニャがしっと口元に人差し指を持ってきて言った。
「二人とも静かに。もうすぐ団長と副長の模擬訓練が始まるわ」
その言葉に、エルネストもリュードも口を閉じ、正面に注意を向けた。
「では、行くぞ! オドネル」
「ああ。おれはいつでも行けるぜ」
広い大地で天馬に跨って向かい合っていたエレノアとオドネルは、次の瞬間大空へと飛び立った。
白と黒の二つの馬影が勢いよく交差する。
キィン!
二つの槍と槍がぶつかりあい、高い金属音を鳴らした。
両者は一度槍をかわしたあと、大空を遠くまで駆け抜け、しばらくして旋回した。
白と黒の二頭の天馬の翼が、わさりわさりと羽ばたいている。
オドネルは機を見て、再びエレノアの天馬の近くまで近づいていった。
エレノアは反対に、そこから動かず、じっと相手が近づいてくるのを待っていた。
黒き鷹が、白い天馬に跨る赤き鷹へと一気に詰め寄る。
瞬間、互いに目が合った。
シュッ、とエレノアの兜の端をオドネルの槍がかすめ、赤い髪の毛がふわりとオドネルの鼻の先で舞った。
その次の刹那、エレノアの槍がオドネルの後方から迫っていた。
わさりっとオドネルは天馬を操り、間一髪エレノアの攻撃を避ける。
それからは一進一退の攻防を二騎は繰り広げ、最終的に、今日のところはオドネルが勝利をおさめた。
二騎は地上へと降り立つと、馬上の二人は天馬から降り、互いに兜を脱いで、近寄っていった。
「また腕をあげたな。オドネル」
顔を上気させながら笑顔で話すエレノア。
「いや、勝敗の数ではまだお前に負けている。今日もかなり危なかった」
オドネルも呼吸を整えながらそう話す。
実際、二人の戦闘能力は、どちらも拮抗していた。
エレノアが団長をつとめてはいるが、実力としてはオドネルも負けてはいない。
この二人の天馬での戦闘技術は、ユクサール天馬騎士団の中で双璧として団員たちには認識されていた。そんな二人の訓練の様子は、他の団員たちにとってのあこがれであり、最上の手本となっていた。
「くううう~~~っ! しびれます! 最高にしびれる戦いでした!」
リュードが興奮して、両方の拳を胸の前で握り締めていた。
「本当、うっとりするほど鮮やかな天馬さばき。そしてどちらも譲らぬ激しい攻防。もう本当に勉強になるわ!」
アーニャも、熱のこもった目つきで団長と副長のほうを見つめている。
エルネストもまた、しばし呆然と二人のほうを見つめていた。
目にも留まらぬ早業で繰り出される攻撃は、それこそ避けるだけで大変だ。それをあの二人は難なくしてみせていた。
――すごい。
エルネストはただひたすら感動に打ち震えていた。そして、そのあこがれはやがて自らの胸に迫ってきた。
自分はまだまだ未熟だ。天馬の騎乗技術も、槍術も、そこそこは扱えるがそれだけだ。エレノア団長は自分に期待をしているようだったが、自分自身は全然そんなふうに期待されるようなものを持っているとは思えなかった。
(あの二人は天才だ。おれにはあんな真似できるわけがない。団長の期待に応えられるような騎士になれるとは到底思えない)
エルネストは、自分の下唇をぎゅっと噛みしめる。そして、腹の底から湧いてくる不安な感情に苦しみを覚えるのだった。
そして、ふとあのセレイアにたどり着いたという少年のことを思い出した。
噂によるとまだほんの若い少年で、エルネストとそう変わらない年頃なのだという。
どうやってそんな大きなことを成し遂げることができたのだろう。はるばる遠い村からセレイアまでたどり着く間に、困難はなかったのだろうか。
その少年のことを知りたい。
エルネストは、そんなことを思っていた。




