ユクサール天馬騎士団 4
セレイアへの道が閉ざされたという情報を聞いたのは、世界から風が消えて間もないころのことだった。
このシルフィアという世界には、神である女王の創った神竜が存在する。
地、水、火、風を司る四匹の竜が世界をめぐり、その恵みによって世界は生かされていた。
そのうちの風の竜が活動を停止した。
つまり、世界の均衡を保っていた一角が崩れ落ちたのである。
それは、世界の崩壊を意味する。そして世界の均衡が崩れたということは、シルフィアの世界の裏側にあるというダムドルンドの勢力が強まり、こちらに影響を与えるということでもある。
実際世界から風が消えて以来、各地で魔物が多発し、町や村を襲うという事件が起きていた。
そんな世界の危機に際し、聖王という存在がある。聖王は、神である女王と唯一接見できる特権を持っていた。まさに今、それを実行するときがきたのだ。
しかし、その前に女王のいるセレイアへの道が、地の竜によって閉ざされてしまった。セレイアへ行くことが出来なくなったということは、この世界の窮状を女王に訴えることができないということである。世界崩壊の足音を耳にしながら、なにもできずにただ指をくわえているしかないこの状況に、セイラン国聖王ラクシンも頭を悩ませていた。
「なぜ風の竜は活動を停止してしまったのか……。そしてなぜ地の竜までもがセレイアへの道を閉ざすという行為に走ったのか……」
玉座で物思いにふける聖王を、側近たちは複雑な気持ちで見つめていた。
と、そんなときだった。
謁見の間の扉が勢いよく開かれ、注進のものが勢い込んで中へと入ってきた。
「聖王様、大変でございます!」
そう叫ぶその若者は、なにやらかなり急いできたようで、大量の汗を額にかいていた。
「何事だ!」
「聖王様の御前であるぞ!」
聖王の周りを固める近衛兵らが、両脇から侵入してきた若者に寄っていく。
しかし、聖王ラクシンは、若者の様子に前のめりになって興味を示していた。
「よい。構わず話すがいい。そなた、なにか重大な情報を掴んだのだな?」
聖王のその言葉に安心し、若者は少し落ち着きを取り戻し、一度深呼吸をすると、こう言った。
「は、はい! 聖王様! 実は、セレイアへの道が先頃開かれたと……!」
その言葉に、ラクシンは目を大きく見開く。
「そして、フェリアのとある村からきた一人の少年が、女王への謁見を果たしたとのことでございます!」
その場にいた全員が衝撃を受けたように、若者の言葉に聞き入っていた。
その情報は、たちまちにして王都全体に拡がっていった。
ユクサール天馬騎士団の間でも話題はその話で持ちきりで、その少年が何者なのか、なぜその少年がセレイアへの扉を開くことができたのかなど、そんな噂話があちこちで飛び交っていた。
新人騎士のイニエスタもまた、朝からそのことで頭がいっぱいになっていた。
「すごいよねー。聖王様でも開くことができなかったセレイアへの扉を、どこの誰とも知らない少年が開くなんて。もうびっくり」
アーニャがいつもより高いトーンの声で、そんなことを言った。
今は午前の訓練を終えて、団員たちはひとときの休憩をとっていた。兵舎の中庭にある東屋で、同期の仲間三人が顔を揃えている。
「すごいよな。なんでもフェリアでは聖王ナムゼが国民に対し、セレイアへの使者を募るおふれを出したんだそうだ。そこでその少年が選ばれ、見事セレイアへの道を開いたと。他に多くの使者たちがセレイアに向かったそうだが、見事セレイアへの道を開いたのは、その少年たった一人だったらしい。歳もおれたちとそう変わらないみたいだし、本当にすごいと思うよ」
エルネストは半ば興奮しながらそう話した。正面にいたアーニャはもちろん、左横に座っていたリュードもうんうんとしきりにうなずいている。
「なんでも噂に聞くところによると、その少年は風の竜の加護を受けし人物だったとか。やはり選ばれし運命の少年が、世界の危機を救うということですね」
眼鏡を人差し指で軽く持ちあげながら、リュードは感慨深げに言った。その膝の上には一冊の本が置かれている。
「運命の少年。素敵な響きね。是非会ってみたいものだわ」
アーニャの言葉に、すかさずリュードがぴくりと反応する。
「ア、アーニャさん。その少年に会ってどうするおつもりで……」
「うふふ。もちろんお友だちになるのよ。きっととっても素敵な男の子だと思うわ」
にこにこと嬉しそうな表情を浮かべるアーニャに対し、リュードの顔はみるみる青ざめていった。
「……素敵な男の子……」
ぶつぶつと自分の世界に入っていってしまったリュードは放っておいて、エルネストはアーニャに言った。
「しかし、その少年が女王様に会ったということだが、いまだ世界に風は戻ってきていない。それどころか魔物の数は増えていくいっぽうだ。これはどういうことだろう。女王様への嘆願はかなわなかったということだろうか」
「そうね。あたしたちが今掴んでいる情報は、きっとほんのさわりの部分だけで、セレイアでなにが起きたのか、世界でなにが起こっているのかは、まだよくわかっていないことのが多いわ。聖王様はもう少し情報を掴んでいると思うけど、まだあたしたちのほうにその情報が来ていないということは、それだけデリケートな問題があるんだわ」
「そうだな。しかし、今このシルフィアでなにが起きているのか……。できればおれは知りたいよ」
エルネストはそして、先日の魔物討伐のことを思い出していた。
凶悪で残忍な魔物たち。何人もの村人の命が、魔物らによって奪われていた。
もっと早く駆けつけることができていたら。そう思わずにはいられない。
それに、肝心の魔物をしとめたのは、すべて他の団員たちである。エルネストはほんの少し戦闘に関わった程度の働きしかしていなかった。
悔しい。そう思う。
晴れて天馬騎士団に入れたとはいっても、今のところ自分はたいした活躍ができているわけではない。まだアーニャやリュードのほうが役に立っていると思う。
この世界を救うためにセレイアへと旅した少年。
自分もそんなふうになりたい。
エルネストは遠い空を見つめながら、そう思うのだった。




