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そして世界に竜はめぐる  作者: 美汐
第一章 ユクサール天馬騎士団
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ユクサール天馬騎士団 3

 その同じころ、王都の敷地内にあるユクサール天馬騎士団駐屯地のとある食堂では、夕餉が始まっていた。


「うおおーっ。つっかれたーっ!」


 筋骨隆々の体が自慢のリバゴが、木の椅子にどっかりと腰掛けながら叫ぶように言った。


「うるさいよ。リバゴ。ただでさえあんたは地声が大きいんだから、そう叫ばないでくれないか」


 テーブルの向かいで細めた目を彼に向けつつ、片手に持った杯に口をつけているのは、副長のオドネルである。


「そういうお前は相変わらずクールだな。団長に次ぐ活躍を見せていたとは思えん涼しさだ」


 その言葉に、オドネルはかすかに眉をしかめた。


「いや、今日のおれはまるきり最悪だった。一時はエレノアがいなければ、危ないところだった。まだまだおれも修行が足りんようだ」


「人一倍ストイックなお前がそんなことを言うと、他の団員が青ざめるぞ。あんなに修行してもまだ足りないのかと」


「馬鹿なことを。それを言うならエレノアだ。あいつのストイックさはおれの比じゃない」


 そう言って、オドネルは杯の酒を一気に飲み干した。喉が一気に熱くなる。複雑な思いが、液体と共に胃に沈んでいく。


「お。いい飲みっぷりだな。おーい。アーニャちゃん! おれにも酒持ってきてくれや!」


 リバゴが、給仕で駆け回っている可愛らしい女の子に声をかけた。


「ええー? そんなの自分で持ってってくださいよー。あたしもまだこれから食べるとこなんですからー」


 ふんわりとした蜂蜜色の巻き毛に、深緑色の大きな瞳が愛らしい、まだ少女といって差し支えないようなそんな少女が、頬を膨らませながらそう言った。しかし、文句を言いながらも、彼女は酒樽から酒壷に酒を注いで、リバゴたちのいるテーブルへと運んできた。


「もう。あとは自分でやってくださいよ!」


「ありがとう。アーニャちゃん。愛してるよー」


「リバゴさん? またそういうこと言ってると、奥さんに報告しますからね」


 じろりと見られ、リバゴは慌てて言った。


「わっ! それだけは勘弁! でも、アーニャちゃんのことは本当に我が騎士団のアイドルとして愛してんだよ。その可愛さで無双なところが萌えるって話」


「うふふ。これでもあたし、団長に見込まれてここに入団したクチですからね。そこらの男子には負けませんよー」


「おおう。言うねぇ。これは今度手合わせしてもらわないとな」


「いいですよ。負けませんから」


「それは楽しみだ」


 そう言って笑い合う二人を、オドネルも苦笑しながら見つめていた。






 他のテーブルでは、同じ年頃の二人の少年が向かい合って食事をしていた。


「リバゴさん。アーニャさんに手を出したら例え上司だといっても僕はなにをするかわかりませんよー」


 ぶつぶつと向こうのテーブルの様子を見ながら物騒なつぶやきを発する眼鏡をかけた少年に、向かいの少年は呆れたように言った。


「リュード。お前のアーニャ至上主義はわかってるけど、いちいち騎士団仲間の交流にそう目くじら立てたって仕方ないだろう。だいたい、そんなに気になるならお前がアーニャに直接話しに行けばいいだろう?」


 そう話すのは、明るく短い金髪に、透き通る水色の瞳を持った快活そうな少年である。対して眼鏡をかけたほうの少年は、紫色の瞳に、焦げ茶色のストレートな髪を肩まで伸ばしている。神経質そうな細面で、他の団員とは一風違う長い黒のローブをその身にまとっていた。


「エルネストさん。それは違います。僕はあくまでもアーニャさんの一ファンであって、彼女とお近づきになりたいとかそういうのではないのです。僕はただ、アイドルとしての彼女が穢れてしまうのが許せないだけなのです」


「はいはい。どーでもいいけど」


 そう言って、エルネストと言われた少年は、自分の皿に乗せられた肉にかぶりついた。リュードと呼ばれた少年は、なおも渋い顔つきをしながらも、自分の皿の野菜を小さく口に入れてポリポリと噛み締めていた。






 騎士団に所属するのは、下は十五歳から上は五十代まで、幅広い年齢の騎士たちである。

 そのなかにはアーニャのような女性も数は少ないものの数名おり、それには団長が女であることにも起因しているようである。

 ユクサール天馬騎士団は、国家の軍の一部としての一翼を担っていて、その数は現在百名ほど。なおその数は今後も増えていく見通しとなっていた。

 隊は現在のところ七番隊まであり、それぞれ十から十六人までの人数が編成されていた。


 エルネストは食事を済ませると、兵舎の中にある自分の部屋に向かうため、中庭に面した回廊を歩いていた。

 夜の闇の中、壁に灯る燭台の明かりが点々と光っている。

 上を見上げると、半分の月が空にかかり、青い光を放っていた。


 そんな月を見上げながら、昼間の戦いにエルネストは思いを馳せていた。

 襲いかかる魔物の群れ。

 上空で天馬を駆りながら戦う騎士団員たち。

 そんななか、エルネストも必死で槍を振るっていた。

 団長率いる先発隊に入れてもらえたのは、ひとえに運によるものだった。

 騎士団に志願し、晴れて入団を果たしたエルネストだったが、まだまだ下っ端団員である。団長のエレノアや副長のオドネルなどはただただあこがれの存在であり、最初のころはお近づきになれるようになるなど、考えもしなかった。


 しかし、ある日の訓練で、エルネストの騎乗槍術を見た団長のエレノアが、訓練後、彼に直接声をかけてきた。


 ――きみには天馬騎士としての才能がある。


 驚いた。

 赤い旋風の異名を持ち、卓越した槍術と騎乗技術を持つエレノアにそんなふうに言われるなど、エルネスト自身、思ってもみないことであった。

 そうして、エレノア団長自らの鶴のひと声により、エルネストは団長の所属する第一隊に入ることになったのだった。

 まだ騎士団に入り立てのひよっこであるはずのエルネストが団長のいる隊に編成されたのは異例のことで、他の団員たちには随分羨ましがられた。


 そんなことに思いを馳せながら回廊を歩いていると、正面から誰かが近づいてくるのが見えた。

 腰まで伸びた赤い長髪。きりりとした目つきにすっと通った鼻梁。美形だが、そこには女らしさよりもたくましさが多分に含まれている。

 ユクサール天馬騎士団長エレノア、その人だった。

 エルネストが緊張に身を強張らせてその場で立ち尽くしていると、エレノアのほうが彼に気づいて声をかけてきた。


「やあ、エルネスト。寝所に戻るところか?」


 甲冑を脱ぎ、普段着に着替えたエレノアは、いつもとは印象が少し違って、そこには戦いから離れた柔らかさがあった。

 ふいに投げかけられた微笑に、エルネストは思わずどきりとする。


「は、はい! 団長も今日はお疲れ様でした! 赤い旋風の名に違わぬ働きぶり、惚れ惚れしました!」


 エルネストの勢いあまった言い方に、エレノアはくすりと笑いを漏らした。


「それはありがとう。だが、そんなに緊張するな。私は団長だからといって、特別扱いをされるような身分でもないし、同じ隊の仲間じゃないか。そうあらたまらず、肩の力を抜いておけ」


「は、はい」


「しかし、日に日に魔物の発生件数は増えていっている。我が隊が討伐に出向くこともこれからどんどん増えるだろう。エルネスト。きみにもたくさん働いてもらうことになるだろうが、頼むぞ」


 団長直々にそんなふうに言われ、エルネストは恐縮した。


「おれのような下っ端ではなかなか役に立てないかもしれませんが、できる限り頑張ります」


「きみは充分役に立っていると思うぞ。今日もリバゴの横でなかなかの奮闘をしていたじゃないか」


「でもほとんどリバゴさんが魔物と相対していて、おれはその間隙をつく役割をしていただけで、たいしたことは……」


「いや、その隙をつく技能はなかなかのものだった。なあ、エルネスト。私はきみの才能を買っているんだ。もっと自信を持ってもいいと思うぞ」


 エレノアのそんな言葉に、エルネストは嬉しさと恐れ多いような気持ちで胸がいっぱいになっていた。


「あ、ありがとうございます! そんなふうに言ってくださっただけで、おれはもう……」


 そんなエルネストの肩を、エレノアはぽんぽんと叩いた。


「また次も頼むぞ。じゃあおやすみ」


 彼女はそして、颯爽とした足どりでエルネストとは逆方向へと向かっていった。その背中に、エルネストは慌てて声をかけた。


「お、おやすみなさい!」


 その声に、エレノアは背中を見せたまま、ひらひらと片手を振ってみせていた。



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