ユクサール天馬騎士団 1 ■
高き峰々が幾重にも連なっている。
シルフィアの西の国、セイランにそびえるアルバール山脈。そんな山脈の間を、茜色の夕陽に照らされながら飛行していくいくつもの天馬の騎影があった。
天馬とは、その名のとおり、天を駆る馬。翼を持つ馬である。そんな天馬に乗った騎士たちが、そこを次々と通っていく。
「今日は八体か。だんだん増えていくな」
落ち着いた口調でそう話すのは、ニヒルな目を持った涼しげな顔つきの男、オドネルである。黒い髪に紺色の瞳。すらりとした体型の上に、黒い甲冑を身につけている。そんな彼の乗る天馬もまた黒で、夕陽の中では黒が一層映えて見えた。
「特にここ最近の魔物の増え方は異常なほどだ。騎士団の手が全然足りない」
そう話すのは、筋骨隆々のたくましい肉体を持つリバゴ。茶髪に緑色の瞳をしている。彼の乗る天馬は茶色。一団のなかでは特に体の大きい、頑丈そうな天馬である。
「そうだな。騎士団の増員も検討していかなければ、いずれらちがあかなくなるだろう。帰投したら、さっそく増員の手はずを整えなければ。いいですね? 団長」
オドネルが、騎士団の先頭を颯爽と天馬で駆っていく白い甲冑を着た騎士に話しかけた。兜から背中に流れる長い赤毛は、夕陽を浴びて一層赤く染まっている。その人を乗せた天馬の色は、純白の毛並みをしていた。
その人がオドネルのほうを振り返り、深い緑色の瞳をきらめかせながら、こう答えた。
「貴様に任す! いいようにしろ!」
そう言ったかと思うと、彼女は再び前方に向き直り、鮮やかな手綱さばきで自分の天馬を駆っていった。
*
その数時間前、彼らはとある村の上空にいた。
「オドネル! そっちにいったぞ!」
リバゴが自分の天馬の鞍上で槍を振りながら、叫んでいた。
その言葉の通り、オドネルのいる方へと敵対する相手が向かってくる。
黒い翼に黒い体。その体には老人のような皺が寄り、背も丸まっていてなんとも醜い。そして、その爪は驚くほど鋭く長く、醜悪な顔には引き裂いたような口から鋭い牙がのぞいていた。
グールたち、ダムドルンドの魔物である。
「ちっ!」
オドネルは天馬で空中を滑空しながら、そのグールに向けて槍を突き出す。グールはそれを察し、避けようと体を違う方向へと転換しようとしたが、断然こちらのスピードのが速い。
ドスッ!
手に衝動が伝わり、獲物を倒した実感が沸いた。
しかしそのすぐあと、後方に気配を感じた。
振り向くと、目の前でもう一体のグールが牙を剥いてこちらに向かってきていた。
槍がまだ先程のグールから振り抜けず、代わりに腰の剣に手を伸ばそうとするも、それよりグールの動きのが一瞬だけ速かった。
慌てて天馬の手綱を引き、攻撃を避けようとしているところに、斜め上から影がおりた。
鮮やかな赤毛が目の前を横切り、ドッという音とともに、グールをその槍で刺し貫いていた。
そのまま滑空していく赤き旋風は、すぐにまた近くの別のグールとの戦いへと向かっていく。
オドネルはそんな姿に、強いあこがれと、複雑な感情を抱いていた。
セイラン国、ユクサール天馬騎士団。天馬の産地でもあるセイラン国の守護騎士団である。
国家騎士団であるユクサール天馬騎士団は、国民のあこがれの象徴であり、心の支えでもあった。彼らが国を護ってくれている限り、セイラン国は安泰であり、平和である。その心は長きに渡り国民に浸透し、信じられてきたことであった。
実際、セイラン国は天馬騎士団の活躍によって、主立った盗賊団はいなくなり、危険生物などによる人への被害も最小限に済んでいた。
セイラン国は長きに渡り平和を保っていた。
一年と少し前までは――。




