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そして世界に竜はめぐる  作者: 美汐
第九章 迷いの森
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迷いの森 1

 王都よりさらに北に向けて二日ほど馬を走らせると、その森が見えてきた。遙か地平に広がるようにして、その森は左右に大きく手を広げていた。

 そして、広大に広がる森のさらに遠く向こう、霧に霞む景色の中に、ついにそれは姿を現していた。


「セヴォール山……!」


 その山は遙か上空まで聳え、その頂は雲を突き抜けていた。セレイアは常に雲で隠されており、地上から見ることはできない。その山は、ただひたすらに大きく高い。それほどの大きな山は、それこそこの地上には他に存在しておらず、神の山セヴォール山は、唯一無二の存在だった。そしてその山は、世界の中心である偉容を、見るものにまざまざと見せつけるのだった。

 ユヒトはそんな神山を目の当たりにし、否応なく胸が高鳴っていくのを感じていた。


 しかし、そこにたどり着くためには、まずその手前に広がる森を越えていかなければならない。

 聖なる樹海と呼ばれるその森は、その名のとおり、不思議な力を有していた。神域であるセヴォール山とその頂にあるとされるセレイアを護るため、その森は入ってきたものを排除するよう仕組まれていた。

 そしてその仕組みのせいで、その森は聖なる樹海という名とは別の呼び名を持っていた。


 ――迷いの森。


 その森は、入ったものを迷わせ、そこから出られないようにする。

 実際、不用意にそこへ足を踏み入れた冒険者たちは、森に入ったきり帰って来ることはなかったという。冒険者たちを飲み込み、その命を食らう魔の森。

 聖なると冠された呼び名とは別の一面を、その森は持っていた。


「いよいよですね」


 森に入る手前のところで、ユヒトは仲間に向けてそうつぶやいていた。

 森の近くに冒険者用の小さな馬宿があり、一行はそこで乗ってきていた馬を預けていた。道もない森の中では、馬は邪魔になるためだった。

 長い旅を共にしてきた愛馬のパルと別れるのはユヒトにとってもつらかったが、この先の道程のことを思えば仕方ない。宿の主人に馬のことは託し、自分たちは一刻も早くセレイアへ向かうことを考えなければならなかった。

 ユヒトの言葉を受け、ギムレが答えた。


「そうだな。まあ、聖王からもらった導きの石の力があれば、迷うことはないはずだが」


 導きの石というのは、王宮で聖王に対面したときに受け取った深緑色の宝玉だった。その石には神である女王の力が宿るとされていて、聖王はそれを賜ることで、セレイアへの道を開いてきた。

 導きの石は他の使者たちにも渡してあるとのことだったが、それもユヒトたちのぶんが最後となってしまったらしい。


 もうあとはない。自分たちにすべては託されたのだ。こうなれば、なんとしてもセレイアへの扉を開き、その先にいる女王へ会うしかなかった。


「それにしても、大きな森だ。木々の高さも通常の森と比べると、すべてにおいて大きい。それに、緑の力も強く感じる」


 エディールの感想に、少女姿のルーフェンが言った。


「ここは女王のお膝元でもあるからな。世界から力が失われつつあるとはいっても、まだセレイアの近くであるこの森は、その強い力の影響を受けている。これは、まだ女王が健在であるという証拠でもある。だがそれでも、そこに綻びが生じてきているのは否めない事実なのだが」


 ルーフェンはそう言うと、なにか意味ありげに森に目をやっていた。

 ユヒトたちは、その聖なる樹海を前にしばしの間佇んでいたが、誰からともなく歩き出し、やがて全員がそこに足を踏み入れていったのだった。




 王都で、ユヒトは父のことも聞いていた。シューレンの情報屋、エントウの弟がそこで兄と同じような仕事をしていた。

 エントウから聞いたその情報屋を訪ねると、そこにはエントウと面立ちのよく似た男がいて、この男もまた愛想良く応対してきた。それがエントウの弟だということは、言われるまでもなくわかった。

 エントウの弟――ヒンダリはすでに伝書鳩で兄から依頼の文書を受け取っていたらしく、ユヒトらが来るとすぐにその情報を教えてくれた。

 ユヒトの父オーゲンは王都に来たのち、セヴォール山へ向かったのだという。

 セヴォール山へ向かったということはすなわち、迷いの森に向かったということでもある。

 その後、王都へ戻った様子はないとのことで、それを聞いたユヒトは不安が胸をよぎった。

 迷いの森は死の森とも呼ばれている。そんなところへ入っていった父は、無事にそこを抜けられたのだろうか。セヴォール山へとたどり着けたのだろうか。

 そんなことを思いながら、ユヒトは森の中を進んでいった。


 森の中は、鬱蒼とした木々に囲まれていた。むせかえるような濃い緑の匂いが、森全体に立ちこめている。

 森のあちこちではなにかの獣の声などが聞こえてきたりして、どことなく不気味な印象があった。


「この導きの石の指し示す方向へ、とにかく進んでいけばいい」


 ルーフェンは、ユヒトが掌に持っていた宝玉を見ながら言った。宝玉は森に入ったときから、なにかの魔力が作用しているのか、淡く緑色の光を放ち始め、その光は森の奥に伸びていっていた。どうやらその光の指し示す方へ行けば、無事に森を抜けられるということらしい。


「なんか知らんが、さすが聖王からもらった宝玉なだけはあるな。ありがたいことだが」


 ギムレがそんな感想を口にした。


「迷いの森で迷わずに進めることは、大いなる助けだ。このまま何事もなく森を抜けていけることを祈ろう」


 エディールもそう言ったが、その声色にはどことなく緊張感が滲んでいた。

 ユヒトもまた、なにか得体の知れない不気味さを、この森に感じていた。


 光の指し示す方向へ向かって歩いて行くことしばらく、森はさらに深く繁り、太陽の姿さえ隠すほどに枝葉を広げていった。もはやそこは人間の立ち入るべき世界ではなく、植物たちの支配する王国だった。


 導きの石を手にしながら歩いていたユヒトだったが、ふいになにかの気配を感じ、はっと周囲に視線をめぐらせた。



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