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そして世界に竜はめぐる  作者: 美汐
第八章 王都へ
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王都へ 6

 聖王とは、このシルフィアを創世した女王により選ばれた、特別な人間である。聖王として選ばれた人物は、普通の人よりも何倍も長く生きることができる。聖王に選ばれたそのときから、不老の体になるというのだ。

 なかにはなにかしらの原因で短命だったり、自ら聖王の地位を捨てたという人物も歴史上はいたようだが、ほとんどの聖王は長命だった。もっとも長く生きた聖王は、実に三百年以上もその地位にいたという。


 フェリアの現在の聖王ナムゼは、その治世をすでに百年以上も続けていた。その治世はそれなりに評判もよく、おおむねこの百年の間、この国は平和であり続けた。

 ユヒトらは、そんな聖王と会うべく、謁見の間の前までやってきていた。

 謁見の間へと続く扉は、天井まで続く大きなものだった。その扉も意匠を凝らした細工が随所に施されていて、芸術的観点から見てもすばらしいものであった。

 その扉がゆっくりと開かれていく。

 その先に、この国を統べる王が待っている――。


 扉が開かれた瞬間、そこから光が発せられているようにユヒトは思った。それは、あながち間違いではなく、謁見の間の天井には大きな天窓がいくつもあり、そこからたくさんの光が部屋に降り注いでいたのだった。


 その奥の数段高い場所に、その人は座していた。

 部屋の両脇には警備の近衛兵だろう。幾人かの兵士たちが立っていた。

 玉座へと続くえんじ色の長い絨毯は、なにか一種の儀式的雰囲気を醸し出しており、ユヒトたちを否応なく敬虔な気持ちにさせていた。


「聖王様! トト村よりセレイアへと遣わされた使者たちをお連れしました」


 案内役の男がそう言うと、部屋の奥から厳格な声が響いてきた。


「よくぞきた! 近くまで入ってくるがいい!」


 ユヒトたちはその声に導かれるようにして、聖王の座す玉座の前まで近づいていった。そこでエディールやギムレが跪くのを見て、ユヒトも慌てて同じようにした。少女姿のルーフェンも、それを察し、仕方ないとでもいうように並んで跪いていた。

 それからエディールが、一行を代表して声を発した。


「我らはトト村よりセレイアへと遣わされてここまでやってきました。このたびは聖王様へのお目通りが叶い、恐悦至極にございます」


「ここまでの旅路、ご苦労であった。一同、楽にして顔をあげてよいぞ」


 聖王の言葉に、みなゆっくりと顔をあげた。ユヒトはそこで、ようやくしっかりと聖王ナムゼの姿を見た。


 聖王ナムゼは、黒髪に立派な顎髭をたくわえた、勇ましい男だった。体つきもたくましく、がっちりとしている。しかし一見いかつい顔をしているが、その表情の中にはどこか人を和ませる温かさがあり、そのうえで上に立つものとしての厳格さも兼ね備えていた。ひと目でひとかどの人物であることが見て取れる。一国の王として、ふさわしい貫禄が彼にはあった。


 そしてその額に、聖王の証である、竜玉が光っていた。聖王は不老や様々な力を得るために、女王に選ばれし時に、額にそれを埋め込まれる。そうして初めて聖王としての生を得るのだ。

 ナムゼのそれは、翡翠色をしていた。不思議な美しい色合いが見事で、見るものの心を奪う。そして、その竜玉を得たその姿は、やはり聖王としての威厳に満ちていた。


「はるばるトト村より、よくぞここまでやってきてくれた」


 朗々と響くその声には、ユヒトたちをいたわる響きが込められていた。


「現在、このシルフィアはこの国が始まって以来の危機に直面している。風の竜が活動を停止し、セレイアへの扉も閉ざされてしまった。国難救助の嘆願を女王に届けたくとも、それがまったくできぬ日々がもう延々続いている。そこで余は、このフェリアの国全土に向けてふれを出した。すでに各地よりたくさんの使者たちがこの王宮を訪れ、セヴォール山へと向かっていった。しかし、いまだセレイアへの扉が開かれたという情報は伝え聞いてはおらぬ」


 その声には、苦渋の響きが含まれていた。


「セレイアへの扉は、資格あるものの前でのみ開かれる。その資格を聖王である余は持っていたはずだった。しかし、世界から風が消えたあの日を境に、余はそれを失ってしまった。それは、聖王が聖王たる力を失ったということに他ならない」


 ナムゼは玉座の上で眉間に皺を寄せ、その拳を固く握りしめていた。


「なさけない話だが、もはや余が出来ることといえば、他の力を借りることしかなかった。世界の崩壊を救える誰かが世界のどこかにいると信じ、一縷の望みをかけて出したのが、セレイアへ向かう使者を募るふれだったのだ」


 ナムゼは今一度ユヒトたちを見渡してから、再び口を開いた。


「あらためて余から諸君へと頼みたい。どうかきみたちの力でセレイアへの扉を開き、女王に会ってきてもらいたい。そして、滅びようとするこのシルフィアを救って欲しい」


 その言葉は、ユヒトたちの心の奥底まで響いた。

 世界を救いたい。

 その想いは、聖王もユヒトたちも同じだった。


「恐れながら聖王様、ひとつおうかがいしてもよろしいでしょうか?」


 そう声を発したのは、エディールだった。


「なんだ? なんなりと申してみるがいい」


「では、ご質問させていただきます。先程聖王様は、セレイアへの扉を開く資格を失われたとおっしゃいましたが、なぜなのですか? なにかその扉に異変が起きてそうなってしまったのですか?」


 その質問に、ナムゼは厳しい顔つきになった。


「そう。異変が起きた。そなたたちも行って見てみればわかることだろうが、セレイアへの扉へと続く道は固く閉ざされてしまったのだ。地の竜の力によって」


「地の竜の……?」


「さよう。それは強固な力で、余や神官たちがどんなに手を尽くしても、びくとも動くことはなかった。神と人との交流の道は、突如一方的に断たれてしまったのだ」


「なぜそのようなことに……」


「それは余にもわからぬ。世界から風の力が消えようとしていたあのころ、セレイアでなにかがあったのだ。その同時期にセレイアへと続く道も閉ざされた。女王からこの世界は見放されてしまったのだ」


「そんな……」


 ユヒトたちは、ナムゼの言葉に息を呑んだ。

 一瞬しんとした沈黙が広間に満ちる。事態の深刻さをその場にいた全員が悟ったようでもあった。そんななか、沈黙を破るようにナムゼは言った。


「ときにそこの少年と少女。そなたたちは、今まで来た使者たちと比べると随分と若いが、なにか特別な力でも持っている……とかではないだろうな」


 ナムゼの目がきらりと光ったように見えた。やはりただものではない。彼はユヒトとルーフェンの中にある、なにか特別な力の存在に気づいたのだ。その慧眼は、聖王の彼だからこそのものに違いない。

 ユヒトはルーフェンと顔を見合わせると、こくりとうなずいた。そして正面に向き直って言った。


「聖王様。僕はユヒトと申します。そしてこちらの少女の名はルーフェン。お察しのとおり、彼女はただものではありません」


「なに? それはどういうことだ?」


 ナムゼはユヒトの言葉に、身を乗り出すようにした。


「はい。実は彼女は、あの風の竜の分身なのです」


 ユヒトがそう言うと、ナムゼは両目を大きく見開いた。


「風の竜の……?」


「はい。そして、僕はその風の竜の加護を受けしもの。僕は幼いころに風の竜と出会い、そのときより風の声を聞くことができるようになったのです。今回の危機に直面し、その力が少しでもなにかの役に立つかもしれないと、こうして使者として旅してきたのです」


「しかし、風の竜は活動を停止してしまったはず。風の竜の分身ということを疑うわけではないが、なにか証拠はないのだろうか?」


 ナムゼがそう言うと、今度はルーフェンが答えた。


「それなら、その証拠を見せてやるよ」


 ルーフェンはそう言って立ちあがると、次の瞬間、ふわりとその体から風を起こしてみせた。風は彼女の髪をなびかせたかと思うと、謁見の間を駆け巡り、最後にはナムゼの体を包んで消えていった。

 ナムゼは両目を見開き、驚愕の表情を浮かべていた。そしてその数瞬後、大きな笑い声を発していた。


「はーっはははは! これはたまげた! これが風の竜の分身の力か! すばらしい!」


「そうだ。オレとそして風の竜に選ばれし少年であるこのユヒトが行けば、きっと地の竜も道を開けてくれるに違いないのだ」


 ルーフェンは、聖王を前にしてもその尊大な態度を崩そうとはしなかった。逆に聖王よりもえらそうに、ふんぞりかえっている。

 さすがにそれを見咎め、叱責しようと口を開きかけた側近のものをナムゼは制止し、反対にこう言った。


「風の竜の分身であらせられるあなたがこうしてやってきてくださったことは、この世界の危機において、なによりの僥倖です」


 ナムゼは玉座から立ちあがり、そこから下におりてルーフェンの前まで歩いていった。


「ルーフェン殿。そしてユヒトくんに他の使者の方々。どうか、この世界を破滅の道から救っていただきたい。このナムゼも、微力ながらあなた方の力になります」


 ナムゼはそう言うと、ルーフェンやユヒトたちに向かって頭をさげた。

 まさかフェリアの聖王たる人物に、そのようにされるとは思わなかったユヒトらは驚き、ひたすら恐縮した。

 ただ一人、ルーフェンだけは頭をさげるナムゼに、満足そうにうなずいてみせていた。


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