王都へ 5
武器屋での買い物も終わり、町の大衆食堂で食事も終えた一行は、ついに王宮へと足を向けていた。通常、王宮への立ち入りは役所で許可を受けたものでなければ行くことはできない。しかし、ユヒトたちはすでにその許可状を持っていた。
聖王ナムゼが全国におふれを出した際、各町や村にそれぞれ使者へと行き渡るように許可状を配ってあったのだ。それがあれば、使者たちは面倒な手続きをとることなく、王宮へと立ち入ることができるというわけである。
「いよいよだな。さすがに緊張する」
王宮前の広場まで来ると、ギムレは大きく深呼吸をした。目の前には、王宮へと続く立派な門がそびえている。
「ギムレさんでも緊張することがあるんですね」
そんなユヒトの言葉に、ギムレは心外そうに片方の眉をあげてみせた。
「なんだ? 俺だって人並みに緊張くらいはするぞ。なんたって、この国の聖王様にこれから会うんだからな」
すると、今度はエディールがくつくつと笑った。
「むう?」
「いや、失敬。まさかきみにそんな繊細な心があるとは、意外だったからな。猛獣並みの心臓だとばかり思っていたが、猛獣には猛獣の繊細さがあるのだね」
エディールの挑発に、ギムレの導火線にすぐに火がつくかと思われたが、意外にもギムレは少しだけ眉を怒らせただけで、すぐに気を取り直していた。
「今はそんなことよりも聖王様とのご対面だ。お前らもくだらんことばかり言ってないで、きちんと気構えを見せろ」
そんなギムレの意外な反応に、ユヒトもエディールもきょとんとした表情をしていた。
王宮の門兵に許可状を見せた一行は、すぐにその門を通された。そしてそこから王宮へとまっすぐに続く、長い道を歩いていた。
「なあ、ユヒト。ギムレのやつ、やけに上機嫌だと思わないか?」
少女姿のルーフェンが、ユヒトに小声でそう話しかけてきた。ユヒトは前方を歩くギムレに聞こえないか心配しながらも、それに答えた。
「そうだね。いつもだったらさっきの門の前でのことで、大喧嘩が始まるところなのに、いったいどうしたんだろう。なにかいいことでもあったんだろうか」
ユヒトがそう言うと、ルーフェンはぴんときたという様子で、大きな目をさらに大きくした。
「はっはーん。なるほど、そういうことか」
「え? ルーフェン、なにか知ってるの?」
「ユヒト。これはあれだ。原因はあの武器屋にある」
「武器屋? なにかそこでいいことが?」
まるきり想像もつかない様子のユヒトに、ルーフェンは呆れたように人差し指を軽く振った。
「ちっちっち。ユヒトはホントお子様だなー。鈍いにも程がある」
その酷い言われように、さすがのユヒトも少々むっとした。
「そんなこと言われたって」
「ユヒト。思い出してみろ。あの武器屋で、なにか変わったことがなかったか?」
「変わったこと? うーん。あの武器屋はすごい品揃えの店で、見たこともない武器もいろいろあって、ギムレさんなんかは伝説の大剣を手にしてたり……」
「うん。で、そのあとは?」
「そのあと、店主のベアトリスさんがやってきて、そこで……あ!」
ユヒトのはっとした表情に、ルーフェンは満足そうにうなずいてみせた。
「そう。ようやく気づいたか。あのとき、女とはまともに気の効いた会話なんてできないはずのギムレが、彼女とは意気投合して楽しそうにしていた。つまり、やつの上機嫌はそこに起因している可能性が高い」
「え? でも、もしかしてそれって……」
ルーフェンはおもしろそうに、にたりとした笑顔を浮かべた。
「ユヒト! おもしろくなってきたぞ。美女と野獣の恋の行方、この先どうなっていくのかこれは見物だ」
そんな不謹慎なことが自分の後ろで話されているとも知らずに、ギムレは軽やかな足取りで王宮へと向かって歩いていた。
王宮の前まで来ると、ある一人の男性がユヒトたちに近づき、話しかけてきた。王宮に勤める人らしく、薄緑色の制服のようなものを身につけている。
「セレイアへと向かわれる使者の方々ですね」
「はい。本日はその前に、聖王様に挨拶にうかがおうと参りました」
エディールが代表してそう答えた。
「承りました。まずは控え室へとご案内いたしますので、わたくしについてきてください」
そう言われ、ユヒトたちはその人のあとについて、王宮内へと足を踏み入れていった。
王宮内部は、壮麗な外観に負けず劣らず、美しいものだった。入ってすぐの天井は見上げるほど高く、ドーム状に作られた屋根は、内側も丸く形作られていた。そこには細密に星図が描かれており、まるで夜空を見上げているかのようだった。
他にも柱のひとつひとつに施された彫刻や、磨き抜かれた床板のすべてが、一分の隙もなく王宮内を美しく輝かせていた。
「う……わぁ」
思わずそんな声をユヒトは漏らしてしまったが、特に注意されることはなかった。代わりに、己の発した声が辺りに響く。初めて目にした王宮の美しさに、素直に感動を覚えるユヒトだった。
そして、廊下を歩いていくことしばらく、ユヒトたちはとある部屋へと通され、そこで待つように言われた。そこが控えの間であるらしい。
その部屋も豪華な造りをしており、置かれている調度品も、見たこともないくらいにすばらしいものばかりだった。
「さすが聖王様の暮らす宮殿ですね。なんだか座るのがもったいないです」
案内してくれた男性が去っていくと、ユヒトはそこに据えられているソファを前にそう言った。すると、そんなユヒトの目の前で、ギムレがどかりとそのソファに座った。
「ユヒト、こんな機会は滅多にないぞ! お前もいいから遠慮なく座っとけ!」
「なんと品がない座り方だ。ギムレ、頼むから聖王様の前で痴態をさらしてくれるなよ」
「品? そんなお腹の足しにもならんようなもんのことは知らん。が、まあ心配するな。聖王様の前では俺もいいところを見せるさ」
とギムレは呵々大笑してみせた。ギムレの機嫌の良さはまだ継続中のようである。
エディールはといえば、そんなギムレのことを珍妙なものでも見るような表情で見つめていた。
「その機嫌の良さが逆に心配だな」
とルーフェンがユヒトの後ろで言ったが、それは当の本人には聞こえていないようだった。
そうしてしばらく経ってから、控えの間に先程の男性が現れた。その後ろには、他にももうひとり若い使用人らしき少年が立っていた。
「これより謁見の間へとご案内いたします。その前に、お手持ちの武具をこちらでお預かりすることになっておりますので、はずしていただけますか?」
そう言われ、ユヒトたちは装備していた武器を男性へと預けた。男性は後ろの少年にそれを持たせ、こう言った。
「では、さっそく謁見の間へと向かいましょう。聖王様はご寛大な方ではありますが、くれぐれも粗相などのないようにお願いします」
いよいよこのフェリア国の聖王、ナムゼとの対面のときを迎えるのだ。
ユヒトの胸は否応なく高鳴っていた。




