闇の襲撃 8
「ユヒト!」
「ユヒトォーーー!」
地上では、ギムレとエディールが広場に集まってきた魔物たちを相手にしながら、空の戦いを見つめていた。
彼らは自分たちでは介入できそうにないその戦いを地上から見つめていたが、先程ユヒトがジグルドの攻撃を受けて剣を折られたのを見て、危機を感じていた。しかしその直後、煙が二人の姿を隠し、どうなったのかがわからなくなっていた。
そうしている間にも、彼らを魔物が取り囲んでくる。
「グルルルルーッ!」
襲いかかってきたゴヌードを手斧でなぎ倒すと、ギムレはエディールと背中合わせになって話しかけた。
「まずいぞ! ユヒトが危ない!」
「言うな! 見ていたから知っている!」
エディールは矢を地面にいくつも突き立てて、そこから一本ずつ手にとっては、先程から弓矢を連射して敵を蹴散らしていた。近くにやってきた敵に対しては、剣を抜いて応戦している。
ゴヌードや二つ頭を持つ犬の魔物――ヘルグールが、先程から何体もこの広場に集まってきているのだ。きっと、ジグルドの持つ大きな魔物の力に呼び寄せられてきたのだろう。
先程から二人は、その魔物たち相手に必死の戦いを強いられていた。
「くそ! しかしこちらはこちらでこいつらを倒すので手一杯だ! ユヒトが心配だが、助けに行こうにもいけん!」
ギムレは今度は牙を剥いて飛びかかってくるヘルグールを手斧で斬り伏せた。
「まったくだ! とにかくわたしたちはユヒトを信じるしかない! 彼は実は自分が思っているよりもずっと強い少年だ。きっとやってくれる!」
エディールは弓を引き絞り、近づいてきていたゴヌードの胸を、放った矢で鋭く射抜く。
ギムレは、先程のエディールの言葉に強くうなずいてから、こう叫んだ。
「ちくしょう! 負けるんじゃねえぞ! ユヒトォッッ!」
ジグルドはそのとき、突然消えたユヒトたちに驚いていた。
辺りには煙が立ちこめ、炎がメラメラと燃える音があちこちから響いている。
『小僧! どこへ行った?』
煙のせいで、ジグルドはユヒトらの姿を完全に見失っていた。自らの不覚に、彼自身戸惑っていた。
『おのれっ。人間風情が小癪な真似を……!』
ジグルドは怒りに任せ、自分の鎌を闇雲に振り回した。が、それは空を切るばかりで手応えはなにもなかった。
そのときだった。
ふいに彼の後ろに静けさが忍び寄った。
ジグルドは一瞬呼吸を止める。すぐに我に返り、ばっと後ろを振り返った。
しかし、すべてはもう遅かった。
その瞬間、とんとなにかが彼の額に触れた。
と同時に、ものすごい引力を額に感じ、彼は叫んだ。
『ぐあああああああああああっ!』
白い閃光が弾けた。
爆発的な力がそこで生まれ、広場に広がった。その清らかな光は柔らかな風のように辺りを包んでいったかと思うと、すぐに収束し、ふっと消えていった。
ユヒトは、広場のがれきの片隅で、気を失って倒れていた。ルーフェンも寄り添うように彼の隣に横たわっていた。
「……ヒト! ユヒト!」
誰かが呼んでいる。それに気づいたユヒトは、重く沈み込んだ意識を現実の世界へとどうにか呼び戻し、ゆっくりと目を開いた。
「ユヒト! 無事か?」
ギムレの心配そうな顔を間近に認め、ユヒトはほっと安心したように薄く微笑んだ。その隣には、エディールの姿もあった。
「よかった。気づいたようだな」
深く息をつくようにエディールが言う。
「……ギムレさん。エディールさんも、無事だったんですね。よかった」
そう言ってから、ユヒトは横で眠っている様子のルーフェンに気がついた。
「ルーフェン? 大丈夫?」
ユヒトは心配になって彼の様子を確かめてみると、ルーフェンは規則正しい呼吸を繰り返していた。そのことに心底ほっとして、再びユヒトはギムレたちに向き直った。
「なんとかみんな、助かったみたいですね……」
「そう、みたいだな」
そうつぶやいたギムレの声色には、いつもの元気はなかった。その視線はユヒトから離れて周囲の光景へと向いていた。
空は薄明るくなってきていた。しかし、夜が明けかけようとしているのにも関わらず、辺りに立ちこめる闇の気配は、まだ色濃く残っていた。辺りはいまだ火の手があがっているところが見受けられたが、大半は燃え尽きて、今は煙ばかりが空へとのぼっていた。
辺りにいたはずの魔物たちの姿は、今はどこにも見当たらなかった。
それだけが、ここに残された人々の救いだった。
激しく厳しい戦いは終わった。
ユヒトは己の持てる力のすべてを出し切って、ジグルドを追い払うことに成功したのだ。
あのとき、煙が自らの近くに迫ってきていたことに気づいたユヒトは、それを利用し、その中に身を沈めた。そして、一瞬で地表近くまで下降したユヒトは、すぐにまた上昇して、今度はジグルドの後方へと回り込んだのだ。
それはまさしく、武術大会でサニームと戦ったときの戦術と同じものだった。
武術大会での経験が生かされたことは、ユヒトにとって大きな自信に繋がっていた。
しかし、そんな喜びなど、ほんの一瞬で消え去っていた。
ユヒトは目の前に広がる光景に、いいようのない無力感を抱いていた。
「たくさんの人が犠牲になった。建物などの被害も相当な数にのぼるだろう」
落ち着いた声で話すエディールだったが、その表情にはかなりの疲れの色が見えていた。美しかった顔は今は煤や埃、汗などで汚れてしまっている。前日の武術大会で勝ち取った栄光など、そこには微塵もなかった。それは、ユヒトやギムレも同様だった。
町は無惨に破壊され、あちこちで人が倒れていた。悲嘆の声が町中を包み、空にこだましていた。ぱちぱちと、どこかで火のはぜる音が鳴っている。
そんな光景の中で、ただ彼らはそこにいた。そこでまだ息をしているということだけを、それぞれが自覚していた。




