闇の襲撃 6
突然のことに、ユヒトは驚いて周囲を見回した。
そこは、風の丘に似ていた。しかし、風の丘とは違い、そこから見える景色は、茫漠とした広い空と見渡す限りの草原の他にはなにもなかった。
「いったいなにが……?」
自分が先程までいた場所とはまったく違うその場所で、ユヒトはふいに風の気配を感じた。
はっとして上を見上げると、そこにはいつの間に現れたのか、白銀に輝く鱗を持つ、風の竜が姿を現していた。
「風の竜……? そうか、ここは以前に夢で見た場所……」
ユヒトは夢の中に風の竜が現れたときのことを思い出していた。しかし、今回はあのときとはかなり状況が違っていた。自分は眠っていたわけではない。まったく突然に、意識がこちらの世界へと持って行かれていた。
『ユヒト。時間があまりありませんから、簡潔に言います』
風の竜は前置きもなくそう言ってきた。
『あの魔物は、ジグルドといって、ダムドルンドの世界の王子です』
「王子……?」
『彼のものを倒すのは、はっきり言って、今のあなたたちには無理です』
それを聞いたユヒトは、絶望に青ざめた。
「そんな……。では、黙って見ているしかないのですか? 町を破壊され、人々が殺されていくのを、このまま見ているしかないのですか……?」
風の竜は、その問いにはなにも答えず、代わりにこんなことを言った。
『一度だけ、好機を作ることができます。しかし、それにはあなたとルーフェンとの協力が不可欠です。あなたたちの力で、あの魔物に近づき、その手で彼のものの体に触れるのです。そうすれば、わたしの残された力でもって、彼のものを止めることができるはずです』
「僕とルーフェンであの魔物に……?」
『はい。しかし、それで彼のものを倒すことはできません。一時的にダムドルンドへと強制送還させるだけです』
「そんな……。だったら、またあいつが現れたら、もう僕たちには勝ち目がないということになる。今度こそ、あいつはシルフィアを破壊と絶望の淵に追いやるはずです」
ユヒトは悔しさと悲しさで、胸が激しく痛んだ。
『そうさせないために、ユヒト。あなたはある剣を手に入れなければなりません』
風の竜のその言葉に、ユヒトは目を丸くした。
「剣? なんですか。それは」
ユヒトが問うと、風の竜はうなずいて答えた。
『シームセフィアの剣。このシルフィアの世界のどこかに眠るという伝説の剣。それをもってすれば、彼のものを滅ぼすこともできましょう』
「それなら、その剣はどこにあるのですか? 場所さえわかれば、僕はどんな困難が待ち受けていようと、それを取りにいく覚悟はあります!」
しかし、風の竜の答えは、ユヒトの希望に添うものではなかった。
『場所のことは、わたしにもわかりません。ただ、このシルフィアのどこかに眠っているということだけしか』
「そんな……! それだけの情報で、どうやって探せっていうんですか! どうやって、この世界を救えと……っ」
ユヒトの痛切な叫びは、しかし虚しく響いただけだった。
『ユヒト。もう時間がありません。わたしも、彼のものをダムドルンドへと強制送還させたら、もうあなたとこうして話す余力もなくなるでしょう。けれど、あなたにはわたしの分身ともいえる、ルーフェンという存在がついています。どうかお願いです。シームセフィアの剣を手に入れ、世界を救ってください。そして、セレイアへ行き、女王を救ってください。それができるのは、もう世界であなたしかいないのです』
風の竜はそう言うと、一陣の風とともに、そこからいなくなった。と同時に、その世界も消えてなくなり、ユヒトの意識は、元のシューレンの町の路地にいる自分へと戻っていった。
「ユヒト! 大丈夫か?」
ルーフェンが目の前で叫んでいた。金色の美しい瞳がこちらをのぞいている。
「……ルーフェン。風の竜が……」
先程のことを説明しようとすると、ルーフェンはすぐにうなずいた。
「わかっている。これからオレたちにはやらなければならない仕事がある」
ルーフェンは、もうすべきことをわかっていた。ユヒトもうなずいて、その場から立ちあがった。
「いけそうか?」
ルーフェンが問うてきた。
「ああ。もう、覚悟はできたよ」
ユヒトは先程まで感じていた恐怖を脱ぎ捨て、戦いにおもむくべく歩き出した。




