闇の襲撃 1
「いやー。今日のユヒトはすごかったな!」
逗留している宿に隣接している酒場で、ギムレは酒を片手に上機嫌だった。
その日の武術大会は無事終了し、ユヒトたち一行はそこで祝勝会をあげていた。夜になり、酒場はたくさんの人出で賑わっていた。武術大会で顔を合わせた人たちも、何人かそこに居合わせている。
「さすがに準決勝では負けてしまったが、あのサニームを打ち負かしたときは、溜飲がさがった思いだった。試合が終わったときの、あのマムロ村のやつらの悔しそうな顔といったらなかったぞ! がはははは!」
愉快でたまらないといったギムレは、酒の勢いも止まらないようで、先程から浴びるように杯をあおっている。
「自分は負けたというのに、呆れるほど上機嫌だな」
そんなエディールの横やりも、今のギムレには聞こえていないようだった。とにかく気分がいいのだろう。
「しかしそれにしても、ユヒトのあの最後の攻撃には驚いたな。一瞬本当にその場から消えたかと思ったぞ」
ギムレの言葉に、ユヒトは少しこそばゆく感じながら答えた。
「単なるそのときの思いつきですよ。あのときサニームは、自分の攻撃に夢中になるあまり、あまり周囲のことが見えていなかったようでした。そこで僕はあえて防戦一方に回り、相手を舞台の端まで導いたのです。そして僕は端まで追いつめられたふりをして、そのまま舞台から下におりて、姿が消えたように見せかけました。そしてすぐに別のところから舞台にあがると、サニームの後方へと回り込んだんです」
ユヒトは我ながらいい機転だったと思った。実はかなり戦いの最中は焦っていたのだが、結果としてサニームに勝利できたことは、ユヒトにとっては大きな自信に繋がっていた。
「とにかくめでたい! 勝利の美酒は格別だ」
ギムレはまたぐびぐびと杯の酒を飲み干していた。その飲みっぷりは気持ちがいいほどである。ユヒトはまだ自分自身は飲むことはできなかったものの、その雰囲気だけで充分楽しんでいた。
「ほんとよく飲みますね」
「まったくだ。わたしとしてはもっと静かに飲みたいものだが」
ユヒトとエディールは、ギムレのその飲みっぷりに半ば呆れていた。
「しかしそんなにこの酒というやつはうまいのか?」
そう言ったのは、見まごうばかりの美少女の姿をしたルーフェンだった。彼(彼女?)が突然卓上の杯に手を伸ばしたのを見て、ユヒトは慌てて止めた。
「駄目だよ! 子供がお酒なんか飲んだら!」
「おい、ユヒト。誰が子供だ。オレは元は神竜なんだぞ。神竜といえば、このシルフィアの創世のころより存在している。オレはここにいる誰よりもずっと年上だ!」
ルーフェンはそう主張したが、今のその姿はまだ子供と言っていい年頃の少女にしか見えない。竜と人間の歳の違いなどはユヒトにはわからなかったが、とりあえず今この場で彼女が酒を飲むのは公共的によくないだろう。
「ルーフェン。駄目といったら駄目」
ユヒトはルーフェンの前にあった杯をさらうと、隣に座っているギムレに渡した。するとギムレはあっという間にそれを飲み干してしまった。
「わーっ。なんだよ。ユヒトのいじわるー」
「きみのためを思ってのことだよ」
ぶすっとした顔を浮かべながら、ルーフェンは足をばたばたとばたつかせた。その様子はまるきり子供で、とても神竜の分身とは思えない人間臭さだった。
「そういえば、ずっと気になってたんですけど、エディールさんの前回大会のあとの汚点ってなんだったんですか?」
場の雰囲気に押され、ユヒトは思い切ってそう訊いてみた。エディールのほうは、その話が出た途端むすっと顔をしかめていたが、上機嫌なギムレはつるりとそれをしゃべった。
「おう。それはな。あれだ。こいつの例の病気が原因だ」
「病気?」
ユヒトは小首を傾げた。
「そうだ。前回大会後、こいつもその機会を利用して、商売っ気を出してな。自分の弓術教室を始めたんだそうだ。最初はそれなりになんとかやってたらしいんだがな……」
「ギムレ」
エディールが怖い顔つきでギムレを睨んだが、酒の勢いのついたギムレの口は止まらなかった。
「こいつ、教室に参加しにきていた子供らにぶち切れて、もう教室どころじゃなくなっちまったんだとよ! 子供嫌いが先生役じゃあ、子供らもたまったもんじゃないなあ!」
ユヒトはそれを聞いて、思わずくすりと吹き出してしまった。ギムレやルーフェンも笑い声をあげている。
「笑い事ではない! あいつら、このわたしが指導をしてやっているというのに、まるきり集中していないんだ! 鼻の穴をほじったり、地面に落書きを始めたり。しまいにはわたしの大切にしていた長弓を遊んで折ったんだぞ! 信じられるか!」
エディールはそう力説するが、想像すると笑いが込み上げてしまう。
「子供なんてのはそんなもんだ。あきらめろエディール」
「まあ、災難だったな」
ギムレとルーフェンが愉快そうに言う。しかし、ますますそれは、エディールの気に障ったようだった。
エディールは卓上にあった杯に酒壷から酒をどぼどぼと注ぐと、一気にそれを飲み干した。
「エディール! いい飲みっぷりじゃないか!」
「うるさい! ギムレ、こうなったら飲み比べだ! 杯に酒を注げ!」
「おう! 望むところよ!」
そうして突然始まった大人たちの飲み比べは、しばらくの間続いたのだった。




