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そして世界に竜はめぐる  作者: 美汐
第六章 聖王シューミラ
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聖王シューミラ 1

 ――ユヒト!


 その声を聞いたのは、エスティーアまであと少しというところまで来たときだった。

 ユヒトは驚きに立ち竦み、思わず胸に手を当てた。


「ユヒト?」


 ギムレがそれに気づき、声をかける。


「あ、すみません。足を止めてしまって」


「いや、それはいいんだが、どうかしたのか?」


「実は今、ルーフェンの声が聞こえたんです。でも、すぐに途絶えてしまいました。こちらから呼びかけても今は反応がありません」


「そうか……! なら、一応無事は無事なんだな。だが、その後交信が途絶えてしまったとなると、ルーフェンが今置かれている状況はそんなにいい状況ではなさそうだな」


「そうですね。でも、なんとなく近くにいるような感じはします」


「そうか。ユヒトがそう言うならきっとすぐに会えるだろう。そっちのことも心配ではあるが、エスティーアももうすぐそこだ。この旅の一番の目的はなんとか果たせそうだぞ」


 ギムレの言うとおり、エスティーアの都は、どんどん視線の先に近づいてきていた。滝の音が大きく響き、水煙も間近に感じられる。


「本当に、もうすぐですね。随分と遠回りとなって日数も余分にかかってしまいましたけど、ようやくここまで……。あともう少し、頑張りましょう」


 そうしてユヒトたちは再び歩みを進めた。






 エスティーアにユヒトらが到着したのは、その日の昼頃のことだった。門番に入れてもらい、ついに彼等は目的地にその足で立ったのである。


「ここがエスティーア……。本当に水の上に都がある。なんて不思議で美しいところなんだろう」


 ユヒトの素直な感想に、ギムレも同じく感じ入ったようにうなずく。


「水の竜に護られし水上都市エスティーア。まるでこの都から水が生まれ、流れ落ちていっているようだな」


 ギムレの言葉に、マリクが補足するように言葉を重ねる。


「マオル川の源流は、ここ、エスティーアのすぐ上のほうにある。そこは水の竜のねやと呼ばれ、こんこんと果てることなく清らかな水が湧き出ている場所だ。そのお膝元に位置するエスティーアが不思議な力で護られていることは、当然といえば当然のことでもある」


「なるほど、水の竜のご加護が強く表れた土地柄なわけだな」


「とりあえず、まずはエディールさんたちのことを町で訊いてみましょう。きっと先に来ているはずです」


「そうだな。ルーフェンのことも含めて情報を集めたほうがいい。それと、ユヒト。お前さんの父親のこともまた情報がないか訊いておくといいだろうな」


 それを耳にしたマリクが、ふと気に留めたように訊ねた。


「お前の父親がどうかしたのか?」


「あ、そうか。マリクには言ってなかったね。実は僕の父が随分前から行方不明になっているんだ。シルフィアで起きている異変の調査に行くと言って家を出てそれっきり。だから行く先々でその情報も集めている。今まで集めた情報から、ここハザン国に向かったというのはわかったんだけど、それ以降の情報は得られていない。ここに立ち寄ったかどうかわからないけれど、なにか手がかりみたいなものが掴めないかなと思って」


「シルフィアで起きている異変の調査……。俺の師匠と同じだな」


「え? きみのお師匠さんも同じように? でも、確か亡くなったって……」


「ああ。旅の途中であのシャドーという魔物との戦闘に巻き込まれ、死んでしまったと聞いている。だが、師匠には共に旅していた誰かがいたという話を聞いた。その仲間も同じ志を持っていたとか。確か名前は……」


 そのとき、遠くからこちらに向けて誰かの呼ぶ声が聞こえてきた。


「おおーい!」


「む? あ、おい! ありゃあエディールとミネルバじゃねえか? おおーい! こっちだ!」


 ギムレが気付いてそちらに大きく手を振ってみせる。ユヒトはマリクの話がまだ気になってはいたものの、仲間の姿を見つけてそちらに心を奪われた形となった。

 互いが近づき、仲間の姿をはっきりと認めると、彼らは思う存分仲間の無事を喜びあった。


「もう貴様のくだらん筋肉自慢を聞かずに済むかもしれんと思っていたが、やはり野生のしぶとさで生き残っていたようだな」


「バーカ。この俺様がそう簡単にくたばるかよ! こっちこそしばらくその嫌みったらしい台詞を聞かずに済んで、このままおさらばできるかと思ってたのによ。嫌なヤローっていうのは世にはばかるっていうのは本当だな」


 エディールとギムレの互いの貶しあいは、その笑顔から察するように、互いの無事を喜びあうことの表れだった。新しく仲間となったマリクやミネルバの目には、その光景は奇妙に映っていたが、ユヒトはいつもの二人のかけ合いに、ほっとするような気持ちになっていた。だがそう思っていたのも束の間。いつの間にか二人の言い合いはエスカレートしていて、二人の笑顔がかなり引きつってきたのを見て、慌てて止めに入ったのは言うまでもない。


「まったく……。せっかくこうして久しぶりに再会できたっていうのに」


 と、ミネルバがなにかに気付いたように口を開いた。


「あら? ルーフェンちゃんがいませんね。てっきりユヒトさんたちと一緒かと思っていましたのに」


「ミネルバさんたちとは一緒じゃなかったんですね。でも、さっきここに来る途中でルーフェンの声が聞こえたんです。きっと近くにいると思うんですけど……」


「そうなのですね。でも、昨日この都についてから町で情報を集めたりしてきましたけど、ルーフェンちゃんの噂はなにも聞けませんでした。いったい今どこにいるのでしょう」


 ユヒトはルーフェンと最後に別れた場面のことを思い出し、少なからず嫌な予感が募った。


「やっぱりあのとき、ルーフェンはシャドーに捕まってしまったんでしょうか。出会ってから今まで、こんなに長い間ルーフェンと意識が繋がらなくなったことはないんです。その辺の魔物なんか適当にあしらえるはずのルーフェンです。でももし上級の魔物に捕らえられているとしたら……」


「もしかして、シャドーが……」


 小さく呟いたミネルバの言葉に、ドクンと心臓が鳴った。


「あの吊り橋を壊したのがそのシャドーとかいう魔物だったのだとしたら、ルーフェンは今、とても危険な状態に置かれているのかもしれねえな」


 ギムレの言葉にユヒトが青ざめる。大切な相棒のルーフェンは今、どうしているのだろう。もしつらい思いをしているのだとしたら、一刻も早く助けてあげたい。


「ルーフェンを捜さなくちゃ……!」


 ユヒトは居ても立ってもいられない気持ちになり、周囲に目をきょろきょろと動かした。しかし、そんなに簡単に見つけられるはずもなく、ユヒトは悄然と肩を落とすしかなかった。


「ユヒト。気持ちはわかるが、手がかりがない状態では今はどうすることもできない。とりあえず、今は他のやるべきことを優先しよう」


 ユヒトの肩に、エディールの手がぽんと置かれた。


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