王都に潜む影 4
ミネルバが意識を取り戻したのは、翌朝のことだった。
「あら? 私、いつの間にベッドに……」
どうにも昨夜からの記憶が曖昧ではっきりしない。おまけになんだか体がとてもだるかった。起き出して部屋を移動すると、食卓のある部屋でエディールが窓に体を向けて立っていた。
「あ、おはようございます。エディール様。なんてことでしょう。私ったら寝過ごしてしまったようです
ね」
話しかけると、エディールは微笑を浮かべてミネルバのほうに振り返った。
「おはよう。どうだい。体調は」
「それなんですけど、どうにも調子がすぐれなくて……。昨夜からの記憶もなぜだか曖昧なんですよね」
「では、外の空気でも吸ってくるといいかもしれない。幸い今日も快晴の青空だ」
エディールに誘われるままに、ミネルバは外へと出ていった。そして彼の促すままに、深呼吸を繰り返した。おまけになぜかエディールはいつの間にか用意していたらしい水の入った水筒を手渡してきた。
「あ、ありがとうございます」
受け取った水筒の水を飲むと、不思議と体にあった悪いものが浄化し、綺麗になっていくような気がした。そんなミネルバの様子を注意深く観察していたエディールは、ようやく緊張から解き放たれたような深いため息を吐いた。
「もう大丈夫のようだな。その聖水をためらわずに飲んでいたところを見ると」
「え?」
「わたしは昨日、きみに命を奪われそうになったのだよ」
そうしてエディールは、昨夜の出来事をミネルバに説明した。
「まさかそんな……! 私、シャドーに体を乗っ取られていたのですか!?」
「ああ。わたしの感じた限りでは、また本体ではない、ヤツの一部のようだったけれどね。まだきみの体にいるとまずいと思って、昨日町で購入しておいた聖水を入れた水を飲んでもらったんだ。魔物にとっては毒になるものを、きみはためらわず飲んだ。特に体に異変もなかったようだし、もう大丈夫だろう」
「でも、いつの間にシャドーは私の体に侵入してきたのでしょう。魔物に体を乗っ取られるなんて、なんという恐ろしい……」
「シャドーは影や闇を移動して近づいてきている。そう考えれば、どこにいてもその危険はあったということだろう。逆に親書を狙っていたのなら、わたしの身に乗り移らなかったのがなぜかというのが気になる。なにかヤツがわたしに近づけない理由があったのだろうか」
エディールは、昨日からそのことについて考えていた。魔よけとしての聖水を持っていたとはいえ、それを体にふりかけていたわけではない。護身用に身につけていたナイフも特別なものではなかった。だとすれば……。
「親書それ自体に、魔を寄せ付けない工夫がされていたということか……?」
エディールはその可能性に気付き、己が胸の辺りに目を落とした。
「あの、親書を肌身離さず身につけていらっしゃるとのことでしたが、その親書、というのは普通、書簡のようなものなんですよね? どうやってそんなものを身につけていらっしゃるのです? 湯浴みなどすれば濡れて駄目になってしまわないかと心配なのですけど」
「ああ……その心配はいらない。わたしがナムゼ王から預かったのは、そういった普通の親書とは、少々類の異なるものだからな。だが、今きみにここで見せるわけにはいかない。この親書を見せるのは、シューミラ王との謁見での場でのみとの約束なのだ。実は他の仲間にもこの親書がどんなものなのかは知らせてはいない。それくらいに重要かつ、極秘の代物ということだ」
「そうなのですね。わかりました。確かにシューミラ様を差し置いて、私などが目にしていいものではありませんね。それよりも、今言われたシューミラ様への謁見です。他のみなさんもそろそろこちらに到着されて、一緒に行ければいいのですけれど」
「そうだな。もう少しだけ待って、様子を見ることとしよう」
エディールとミネルバは、どちらともなく、水の流れる遙か先へと目を向けていた。
第五章終了です。お疲れ様でした!




