まぼろし谷 3
洞窟内を奥へ奥へと進んでいくと、辺りがぼんやりと光っている空間にたどり着いていた。その光の正体は、天井や壁に群生しているヒカリゴケの放つ光だった。
「美しいですね。まるで夜空を見ているようです」
「ここにあるヒカリゴケは、大気中の闇の成分を吸収して、代わりに光に変える性質がある。しかし、この洞窟内から持ち出すとすぐに枯れてしまうんだ。闇を光に変えることができるのに、自らは外の光に弱い。不思議な植物だよ」
「闇を光に。でも光には弱い。本当ですね。どこか矛盾している。でも、ここでしか見られないと思うと、余計美しく感じます」
「他では生きられない限られた命。だからこそ美しい、か」
エディールは目を細め、天井を仰ぎ見た。その瞳に映る儚い光は、幽玄のように揺らめく。
「ところでエディール様。私たち随分歩きましたけど、今どの辺りまで来ているのでしょう」
「たぶん道程の半分ほどは進んだとは思うが」
と、エディールはふと動きを止めた。そして右手の壁に耳を付け、じっとなにかに聴き入る。
「水の音だ」
「え?」
「近くを地下水が流れている。ということは、エスティーアに出られるのも時間の問題だな」
「あ、エディール様。もしかしてここは、王宮の地下洞窟に通じているのですか? 王宮には地上に塔が建っていますけど、その全容のほとんどは地下にあると聞いたことがあります。実際に見たことはありませんけど、町の下流にある滝の裏側にも王宮への入り口があって、王宮のある地下洞窟は、エスティーアの町の地下全体に広がっているとか」
「ああ。縦横無尽に張り巡らされた地下洞窟は、知らぬものが入ったら一生出られないかもしれないほどに広大で複雑だ。この洞窟は、そのなかでも王宮の地下まで通じた隠れた抜け道になっている。しかし王宮までの行き方はさらに複雑で、わたしもそこまではわからない。とりあえずわたしが知っているのは、王宮から少し手前の王都に出られる道筋だけだ」
「なるほど……。でも本当、こんな抜け道があったなんて、初めて知りました。秘密の抜け穴、隠密行動をするのに誰かが使ったりもしたんでしょうか」
「昔の王族がそうしたことに使った可能性はあるだろうね。追っ手から逃げるためとかに」
「追っ手……。なんだか物騒なお話ですね。王都から逃げ出さなければならないようなことが昔あったんでしょうか。エスティーアの歴史を記した文献をいくつか読んだことはありますが、そうしたことを記したものは見たことがありませんけど」
「王都となる以前のエスティーアは、元々エルフ族が自分たち独自の自治のもとで暮らしていた独立国で、ハザン国はもちろん他の種族の干渉を受けることなく存在していた。一般のものが見られる場所にはそうした文献は保管されていないのかもしれないが、エスティーアを建国したエルフの祖先は、なにかの迫害から逃れるためにそこへとやってきたということを聞いたことがある。今は想像もつかないことかもしれないが、なにかしらの逃げ道としてここが使われたこともきっとあったのだろうね」
「そうかもしれませんね。きっと華やかなばかりの歴史なんて、実際にはないのでしょうから」
エディールとミネルバは、そうしてさらに洞窟の奥へと進んでいった。




