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そして世界に竜はめぐる  作者: 美汐
第三章 螺旋の罠
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螺旋の罠 7

 進んでいった先にあったのは、開けた空間だった。高く伸びる木立に抱えられているようなその場所は、なにかのねぐらのようでもあった。

 足跡となにかを引きずったような跡は、この辺りで消えていた。ユヒトはギムレが近くにいないかと、周囲に視線をめぐらす。

 と、視線を上に向けたと同時に、その光景が目に飛び込んできた。


 そこに張り巡らされていたのは、幾重もの螺旋を描く巨大な蜘蛛の巣。その中心の網の目に、なにかがぶら下がっているのが見えた。


「――――ッッ!!」


 言葉にならない叫びが、ユヒトの口から発せられた。そして、あまりの衝撃に、足元から震えが上がってきた。

 全身に白く巻き付けられた糸の間からかろうじて見えていた顔で、それが大切な仲間の姿だとわかった。沸き起こる焦燥と恐怖に、ユヒトの目頭から涙が溢れそうになる。


「……ギ、……ギムレさん……ッ!」


 ユヒトは目にも止まらぬ速さで蜘蛛の巣の下まで駆けつけると、腰に差していた剣を抜きはなった。


「今、助けます!」


 少年が叫んだときだった。


 ぞろり、と近くの木からなにかが蠢く音がした。そして、ユヒトは己の身のうちで、その恐ろしい気配を感じとった。

 木々の陰に潜むのは、とてつもなく危険なもの。そして、ソレからは、ユヒトもよく知っている気配も感じ取れた。


 ――ダムドルンドの魔物の気配。


 ユヒトはごくりと喉を鳴らし、剣を両手でぎゅっと握り締めた。

 じっとその気配の先に目を凝らしていると、ついにソレは姿を現した。


 全長3ルース(約3メートル)ほどもある巨大な蜘蛛は、黒光りする体を不気味に光らせた。繊毛の生えた八本の足を器用に使い、巣の中央に移動してくる。

 獲物を盗られまいとするかのように、蜘蛛はギムレを背に隠した。そして威嚇するように気味の悪い鳴き声を発する。


 ギリュリュリュリュッ!


 ユヒトは急いで己のなかに吹く風に心を浸し、呼びかけた。

 すると彼の足元から、ふわりと風が生まれる。

 風を身に纏った彼は、とん、と地面を蹴ると、蜘蛛のいる上方まで一気に跳び上がった。


「くらえええええッ!!」


 振りかぶった剣を、勢いよく蜘蛛に向かって打ち下ろす。


 ギィン!


 すばやく蜘蛛が足の爪でそれを弾いた。その直後、蜘蛛は醜い口をユヒトに向け、毒々しい緑色の液体を飛ばしてくる。

 瞬時に避けたユヒトだったが、その後方からは、ジュウッとなにかが焼け付くような音が聞こえてきた。ちらりとユヒトがそちらに目を向けると、蜘蛛の吐いた液体のかかった木の幹の表面が、ただれたように溶け落ちていっているのが見えた。


 ――毒!


 それもとても強力な酸性の猛毒である。

 そうしているうちにも、毒蜘蛛は次々に毒液をユヒトに向かって飛ばし続けている。彼はそれらのすべてを寸でのところでかわすが、毒蜘蛛は器用に蜘蛛の巣を渡り歩き、意外にも素早い動きでユヒトを追いかけてきた。

 ユヒトは毒攻撃の合間に、何度か剣による攻撃を続けていたが、その体は頑丈な殻で覆われているように硬質で、ちょっとやそっとの攻撃ではほとんど傷をつけることもできなかった。


(このままの攻撃じゃ駄目だ! なにか、効果的な方法で戦わないと!)


 毒蜘蛛の攻撃から身をかわしながら、ユヒトは焦りを覚えていた。

 いつもだったらこんなとき、仲間の誰かが助けてくれた。なにか、自分には思いもつかない方法で活路を開いてくれたのだ。

 けれど、今は自分だけが頼りだ。なんとかしなければギムレを救うことができない。それどころかこのままでは自分の身も危うい。

 と、一旦毒蜘蛛から離れ、敵との距離を作った。すると、ユヒトはあることに気がついた。


(そうか! それなら……!)


 地面を蹴り、再び蜘蛛の巣のほうへと近づくと、風の力で毒蜘蛛よりもさらに上へと跳躍する。そしてユヒトは、広く張り巡らされている蜘蛛の巣のつなぎ目の一部を、持っていた剣で薙ぎ払った。

 すると、思ったとおり、蜘蛛の巣の一部が縮み、蜘蛛の動ける範囲は狭まっていった。

 毒蜘蛛は蜘蛛の巣の範囲ではかなりの速さで移動していたが、ユヒトが巣から離れたとき、その巣の端で動きを止めていた。それはきっと巣から離れてしまうと、今までほど素早い動きが取れなくなってしまうからに違いない。


「この調子で蜘蛛の巣を壊してしまえば、あいつの素早く動ける範囲も限られてくるはずだ。そうなればこちらにも勝機がどこかに生まれるはず」


 しかし、粘りけの強い蜘蛛の巣を剣で斬っていくのは、思っていたよりもなかなか手間取っていた。そうこうしている間にも毒蜘蛛はこちらに向けて攻撃を仕掛けてくる。


 ジュウッ!


 ユヒトの耳元でなにかの焼け付く音が聞こえた。

 見れば、ユヒトの身につけていた外套の裾に毒液が少しかかってしまったようで、嫌な匂いを立ちのぼらせている。


「くっ!」


 ユヒトが額に汗を滲ませた、そのときだった。


「燃えろ炎よ!」


 叫び声が聞こえたと同時に、ユヒトの目の前を火の球が飛んでいった。そしてそれは蜘蛛の巣に燃え移り、たちまち蜘蛛の巣を灰燼に変えていったのだった。


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