螺旋の罠 6
ユヒトとマリクは、森を北上しながら、周囲に注意深く視線を送っていた。やはり、あのクモの糸はところどころで見つかっていて、この辺りを縄張りにしていることがわかった。
出会わなければいい。出会わなければ無用な戦いは避けられる。
けれども、運命とは皮肉なもの。
ユヒトたちは次第にクモの糸に絡め取られていくように、危険な方向へと近づいていた。
「あっ、これは……!」
ユヒトが声をあげるのを見て、マリクが彼の見ているものに気付いた。
それは、木の幹に付けられた傷だった。よく見れば、矢印のようになっている。
「矢印?」
「きっとギムレさんだよ。こっちの方角に行ったって印だと思う」
矢印の示す方角は、ユヒトたちの進んでいる方角と一緒だった。だとすれば、この先で彼に出会える可能性が高い。
「行こう。もうすぐギムレさんと合流できるかもしれない」
嬉しそうに声を弾ませるユヒトに、マリクは表情を変えることなくうなずいた。
矢印のあった場所からしばらく行ったところで、ユヒトたちはあることに気がついた。
「この跡は……」
地面にはなにかの足跡と、なにかを引きずっていったような跡あった。そしてそれはこの先の奥へと続いている。
「まずいぞ。この先に進むのは」
「え? どうして?」
「この地面についた足跡。これはかなり大きな生物のものに違いない。この引きずったような跡がなにかはわからないが、このままこの道を進むのは危険だ。引き返したほうがいい」
「だ、だけどさっきの矢印、きっとギムレさんだよ。ギムレさんがこの先に行ったんだとしたら、そっちに行かなくちゃ」
するとマリクはわずかに眉間に皺を寄せ、頭を左右に振った。
「じゃあ、あのギムレのおっさんは危険なところに自ら踏み入ったということだ。なにかあったとしてもそれは自業自得。俺たちまで危険に足を踏み入れる必要はない」
マリクの言に、ユヒトは瞬間的に頭が熱くなった。
「それはっ! ギムレさんを見捨てろってこと!? 仲間がこの先にいるかもしれない。もしかしたら、危険と隣り合わせかもしれないってわかっているのに?」
怒りに任せて言葉が迸る。対して、熱くなる少年を冷ややかな目つきでマリクは見つめる。
「お前には少々冷静さが欠けているな。任務のために誰かが犠牲になることは、しばしばあること。小事にとらわれて大局を見誤れば、もっと大きな被害を被ることだってありうるんだ。わざわざ危険とわかっていてそこに飛び込むなんていうのは愚の骨頂。戦術としては下策中の下策だ」
マリクの冷たい物言いに、ユヒトは何度も首を横に振った。
「違う違う! なにかのために誰かが犠牲になるなんて考えは間違っている。戦術とかそんなこと、僕にはよくわからない。きみの言っていることは、きっとそういう戦う術を語るうえでは正しいことなのかもしれない。だけど!」
ユヒトは己の拳を握り締め、震えを堪えながら言った。
「僕はただ、ギムレさんを助けたい。もし仲間が危険な目に遭っているのだとしたら、危険だとわかっていてもそこに駆けつけたい。そう思うのは間違いなんだろうか? 僕はきみが言うように、やっぱり甘ちゃんなんだろうか?」
ツキン、とマリクの胸が小さく痛んだ。下を見つめるユヒトの様子に、彼はどうしてだか苛立つ自分を自覚していた。
「僕は行く。きみが反対しても、僕はこの先に進むことを選択するよ。できれば一緒についてきて欲しいけど、どうしても嫌だと言うなら無理強いはしない」
ユヒトの決意が揺るがないということを、マリクはその瞳の輝きを見て悟った。理由のわからない焦燥感を胸に感じながら、マリクは思い惑う。
くるりとこちらに背中を向けて先を進み始めた年下の少年を、マリクはその場で立ち尽くしたまま見つめていた。




