螺旋の罠 5
ザザッ、ザザッ。
地面を掻く音なのか、茂みを薙ぐ音なのか。
不気味な音が森に響いていた。しかし逆に、それ以外の生き物の立てる音は聞こえず、しんとしたなかに、なにか大きな生物が立てるその物音が辺りの空気を震わせていた。
ギムレは木の陰から、静かにソレを見つめていた。
大きな、見たこともないような大きなクモ。
確か古代生物図鑑とかいうのに、それに近い生物が載っていたことを記憶の底から掘り起こした。
――巨大毒蜘蛛。
人の背丈よりも大きな体を持ち、その体内で作られる毒を浴びたものは、一日持たずに死に至る。人や動物さえも食料にする凶暴な昆虫で、出会ったら最後、生きて帰ることはできないだろう――。
確かそんなふうに記されていた。しかし、出会った人物がみな死んでしまうのなら、その記録を書いた人物はどうやって生き残ったのだろう。
その矛盾だけが今のギムレの心の支えだった。
(やばいだろうとは思っていたが、想像以上にとんでもないヤツがいやがったな。だが、この気配はもしかすると……)
ギムレはあることを想像し、嫌なものが胸に広がっていくのを感じた。
とりあえず、正体はわかった。ここはさっさと逃げるが上策だ。
ギムレは敵に気取られぬよう、そっとその場を離れようとした。と、そのとき、ふと視界の隅になにかが映った。
一瞬迷うが、脳裏をよぎる映像を振り切れず、彼は進む方向を転換した。猛然と駆けつけ、急いでそれをむしり取る。すぐさま踵を返し、再び先程のところまで戻ろうとすると、背後に嫌な気配を感じた。
恐る恐る振り返ったそこには、やはり想像していたものがこちらを見つけて鎮座していた。
「ああっ、くそっ!」
ギムレは己の頭上に落ちてきた巨大毒蜘蛛の鋭い爪を寸でのところでかわすと、持っていた手斧でその足の付け根を斬りつけた。
ギリュリュリュリュッ!
巨大毒蜘蛛の足の一つから、黒い体液が迸ると、上のほうから怒りとも悲鳴ともつかない奇妙な鳴き声が響き渡った。
次の刹那、ズンッとギムレは腹に衝撃を感じ、そのままものすごい勢いで後方へと薙ぎ払われる。
背中に激しい衝撃を感じ、呼吸が止まった。大木の幹に打ち付けられた彼の体は、ずるずると下へと落ちていく。
暗くなっていく視界の向こうに、黒い山のようなものが近づいてくるのが見えた。
(……もう、こいつは駄目だな)
死を目前に、ギムレは驚くほどに淡泊な感想しか思い浮かばなかった。そんな自分に自嘲めいた笑みが浮かぶ。
巨大毒蜘蛛の息遣いがすぐそこまで迫っていた。
――そして、彼の意識はそのままそこで途絶えたのだった。




