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そして世界に竜はめぐる  作者: 美汐
第二章 森のなかの別離
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森のなかの別離 1

 ハザン国の王都エスティーア。元々はエルフの造りし王国で、遥か昔はエルフだけが暮らす閉ざされた都市だった場所。エルフが聖王として選ばれたことで、ハザン国の王都となった。

 今はエルフだけでなく、人間や他の種族も暮らしているらしいが、それでも謎の多い都市であることには変わりない。神秘の都としてハザン国では知られている。


 深い森の奥にあるという神秘の都を目指し、ユヒトたち一行はハザン国中央部の密林地帯を進んでいた。森の木々は太く高いものが多く、フェリアでは見たことのない鳥や獣も棲息していた。


 太古の森――ラバトス。


 ハザン国中央に広がる広大な熱帯雨林のことである。

 他国でも例を見ないほどの密林が茂り、そこにはありとあらゆる植物や動物が生息しているという。なかでも、ラバトス特有の生物の特徴として、大型の植物及び大型の昆虫が多く生息しているということがある。この大型の植物や昆虫は、太古の昔からこの森で独自の進化を遂げたもので、特に昆虫のなかでも人を襲う凶暴なものは、魔物とともに人々に恐れられる存在である。


 森に入る前に体にこすりつけるようにと双子に言われたフィトという香草は、そうした大型昆虫を寄せ付けないための虫除けなのだそうだ。ユヒトは初め、フィトのきつい匂いにかなり抵抗があったものの、1ティムル(約1時間)を過ぎるころにはそれも少し馴れ始めていた。


 ハザン国は水の竜の加護を強く受けている国だという。風の竜が力を失っているとはいえ、これほど森が生き生きとしているのは、水の竜の影響が大きいからなのだろう。


「この森の奥深くに大きな谷がある。そこに豊かな水をたたえた美しい都が存在している。昔はその辺りは、容易に外部のものを寄せつけないような要害だった。今は聖王の住む王都でもあることから、以前よりはかなり道も整備されてきたが、それでもいくつもの難所を越えねばたどり着けない場所にある。エスティーアとはそういうところだ」


 菫色の髪が片目を覆うように流れている。その下には美しい稜線を描く鼻梁。表情をあまり表に出さない質なのか、言葉を発しても少し薄い唇が静かに動くのみだ。

 ひょんなことから一緒に旅をすることになったマリクとミネルバの案内で、ユヒトたちは予定よりも早く行程を進んでいた。エスティーアに続く山道の途中で一行はしばしの休憩を取ることにした。


「きっととても美しいところなんでしょうね」


「ああ。水の都とも呼ばれていて、町全体に水が流れている。それは美しい都だ」


 ユヒトとマリクは隣り合って話していた。ユヒトの横では、獣姿のルーフェンがのんびりと寝転んでいる。

 物おじしないユヒトの素直な物言いに、最初はどこかしら固かったマリクも、彼にだけは少し心を開いたようだった。十七歳とユヒトとも年齢が近かったことも大きな要因かもしれない。


 対してマリクの双子の姉であるミネルバは、基本誰に対しても人当たりがよく、ユヒトはもちろんギムレやエディールともそつなく接していた。美しく聡明で、一行のなかで唯一の女性ということもあり、彼女の存在で周囲が一気に華やいでいた。


「それにしてもエルフっていうのは、閉鎖的で取っ付きにくいやつらが多いって聞いていたが、お前たちはそうでもないんだな」


 苔むした倒木の丸太部分に腰掛け、干し肉を囓っていたギムレが、双子に対し、そんなことを言う。すると、近くにいたミネルバがこう答えた。


「そうですね。私たちはエルフといっても純血ではなく、エルフと人間の血が混ざりあった混血なのです。王家では今も純血であることを重んじていますが、町ではエルフも人間も同じように暮らしています。遥か昔はエルフだけしか都には入れなかった閉鎖的な時代が続いていたようですが、あることを機にそれも軟化し、今のように開かれた都市に変化していったとのことです」


「あること?」


「遥か昔、エルフの王女様が人間の男と恋をして駆け落ちをしたという逸話が残っていて、それがきっかけでエスティーアが今のように開かれた都へと変わっていったとか」


「駆け落ち! そりゃまた情熱的な王女様だな。けど、エルフってのはもっと気取ったイメージがあったが、そんな話を聞くと印象も変わるな」


「そうですね。確かに今のエルフ族は割と他種族にも寛容な感じです。その王女様のお陰ですね」


 にこりと微笑みを浮かべるミネルバに、ギムレは慌てて顔を逸らす。最近少しは女性と話すことに対する免疫ができてきた様子のギムレだが、やはりまだまだその先には長い道のりがあるようである。

 こんなとき、いつもだったら一言加えて場を混ぜっ返す人物の存在があるのだが、なぜか今日は静かだった。ふとユヒトが視線をやると、当の本人は少しみなと離れた場所にある木にもたれかかり、どこか遠くを見つめていた。


(エディールさん……?)


 その様子になにか気にかかるものを感じたユヒトだったが、その場ではなにか問いかけることもはばかられ、声をかけることはしなかった。


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