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そして世界に竜はめぐる  作者: 美汐
第一章 港町の盗人
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港町の盗人 7

 ルーフェンは、倉庫内に侵入した不穏なものの存在を敏感に感じ取っていた。ぶるりと尻尾の先にまで正体不明の悪寒が走り、嫌な気持ちになる。そば近くにいたエディールが、そんなルーフェンの様子に気付き、声をかけた。


「なにか気配を感じでもしたか?」


「ああ。今さっき、嫌ーなものがこの倉庫内に入ってきた感じがした。空気中の淀みみたいなものがわずかに増幅したような感じがする」


「そうか……。どうやらこれは当たりを引いてしまったようだな。そうとなれば、盗人の正体、しっかりこの目で見届けてやるぞ」


 ルーフェンとエディールは物陰の小さな明かりのなかでうなずきあうと、倉庫内に目を戻した。倉庫内は天井近くの明かり取りの窓からかすかな月明かりが届く以外は、深い闇に沈んでいた。

 ここに何者かが潜んでいる。その正体不明の不気味さと気持ち悪さにルーフェンたちは不快なものを感じていた。

 と、倉庫の入り口より左手の方向から、なにかがどさりと落ちたような物音がした。

 ルーフェンとエディールは互いに目配せすると、すぐにそちらの方向へと動いた。夜目の利くルーフェンは、明かりをエディールに持たせたまま出口を塞ぐ方向へと走る。


「そこにいるのは誰だ!」


 エディールが叫んだそのときだった。もうひとつ、どさりと物音が倉庫内に響いた。エディールがそちらのほうにランプを掲げ照らし出すが、そこには山と積んである荷袋以外、特になにも見当たらなかった。

 エディールが訝しんで周囲をうかがいながらその辺りを歩いていると、またどさり、と袋が落ちる音がし、彼はすばやくそちらの方へと移動した。すると、先程山と積んであったはずの荷が、一部少なくなっていることに気付いた。


「……おかしい。確かにさっきまであった荷物の量が減っている。しかし、荷物を運び出すようなそんな気配はまったくなかったはずだ。いったいどうやって……」


 そして、エディールが一歩そこから歩みを進めたとき、異変は起きた。


「うわああああっ!!」


 エディールの叫び声に、倉庫の出口方向に向かっていたルーフェンは、慌てて踵を返した。獣の足を使い、猛スピードで逆方向へ向かう。そしてすぐに、その光景が目に飛び込んできた。


「エディール!!」


 彼と一瞬でも離れて行動したことを後悔しながらも、すぐにルーフェンはその背から翼を広げ、エディールの救出に向かった。


「ああ、ルーフェン! 助けてくれ!」


 いつになく焦ったエディールの声だったが、それもそのはずである。今、彼の体は倉庫の床に半分沈みかけており、床から半分体が見えているだけの状態となっていた。


「どうなってるんだよこれ!?」


 ルーフェンは叫びながらも背中から翼を出し、エディールの頭上まで飛んでいく。彼の服の裾を口でくわえると、懸命に羽ばたいてそこから引っ張った。エディールもルーフェンの体にしがみつくように手を伸ばす。

 ずぶずぶと沈みかけていた彼の体は少しずつ浮上し、ルーフェンの懸命の救助で、なんとかそこから脱出することができたのだった。


「……ありがとうルーフェン。とりあえず助かったよ」


 肩で荒く息をしながら礼を言うエディール。しかし、脅威は去ったわけではなかった。


「闇の穴……? こんなものさっきまでなかったはずだよな」


「ああ。しかし、物が忽然と姿を消すということの正体はこれだというのは間違いないだろうな」


 ルーフェンとエディールは恐る恐る闇の穴を覗き込んだ。禍々しい暗黒の淀みは死への入り口のようである。

 そのとき、ルーフェンはなにか得体の知れない嫌な気配をどこかから感じ、毛を逆立てた。そして周囲に視線をめぐらそうと体を動かした瞬間、ピシャーンという轟音とともに目の前で閃光が炸裂した。

 振り向いた先の閃光のなかに黒い影が蠢いていた。その向こうでは倉庫の扉が開かれ、何者かの人影が立っている。どうやらそこにいる人物がこの攻撃をした張本人のようだ。


「攻撃の手を緩めないで!」


 その人物の横で少女の声がし、続く閃光弾の手助けをするように、温かな光をその人物に投げかける。それを浴びた攻撃手の閃光弾は、さらに威力を増し、激しい稲妻を倉庫内に炸裂させていた。


「逃がすものか!」


 追撃は容赦なく続き、ついにそれまでで一番激しい轟音が倉庫内に響き渡ったと同時に、閃光のなかの影は動きを止めた。しばらくするとそれは、ぶすぶすと黒い塵となり、空中分解するかのように跡形もなく消え去っていった。

 同時に、辺りに満ちていた嫌な気配が消えていき、そして地面に開いていた穴もまた、静かにその姿を消したのだった。


「何者だ!?」


 エディールが、倉庫の入り口で佇んでいた人物らに向けて誰何した。

 そこには、菫色の髪を持つ少年と少女が立っていた。


「やはりシャドーの分身だったか……。まあ、分身とはいえ、とりあえず退治はできたようだな」


「おい。貴様は何者かと訊いている」


 しかし少年は黙したままだった。不機嫌さを露わにするエディールに対し、少年の後ろからギムレとユヒトが現れ、状況の説明を始めた。


「つまり、この双子もなにやら捜し物をしているところだったのだな」


「はい。状況的にみて、僕たちが捜していた盗っ人の正体と彼らの捜していたシャドーという魔物は同一のものだったことは間違いないようです」


「物や家畜が忽然といなくなったのは、さっき言っていた闇の穴にみんな吸い込まれちまったせいだったんだな」


 エディールとユヒト、ギムレの三人は、先程まであった闇の穴の辺りに立ち、訝しげに地面を見つめていた。


「シャドーか……。またやっかいなやつがこっちに来ているんだな」


 ルーフェンがユヒトの肩の上に飛び乗ると、彼の視線の先を見つめてつぶやいた。


「ルーフェン、知ってるの?」


「ああ。シャドーはダムドルンドの魔王に仕える三将が一人。不気味で得体の知れない幻霧のようなやつだと聞いたことがある。まだ実際に見たことはないが、さっきの気配、分身とはいえ、恐ろしいものがあった」


「ダムドルンドの魔王に仕える三将……? それって、あの……ジグルドみたいに強い魔物ってこと……?」


「ああ。あいつと同等……もしくはそれより強いかもしれない。そんな輩までこちらに来ているとは……」


 ルーフェンの言葉に、ユヒトは以前戦ったジグルドの恐ろしいまでの強さを思い出し、思わず身震いした。

 あの壮絶な戦い。圧倒的な破壊力。身の毛のよだつような魔の力。

 そんなものが、他にもいるのか。

 その事実に戦慄を覚えながら、ユヒトは懸命に地面に着けた足を踏みしめた。


「だが、とりあえずひとまずの脅威は去ったわけだ。いろいろ禍根はあるかもしれんが、今のところはそれでよしとしようぜ」


 不穏な空気を一掃するように、ギムレが明るい声を発した。それを聞いて、ユヒトたちもようやく表情を和らげたのだった。


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