港町の盗人 6
「もしかして、昼間僕たちを見ていた人物っていうのは……きみ?」
ユヒトは直感的にそう思い口にした。
「ええ。やっぱりばれていたんですね。あの可愛いワンちゃんは随分鼻が利きそうでしたからね」
「でも、ルーフェンの話では監視しているのは一人ではなかったということだったけど、他の仲間は今どこに?」
「それは……」
少女が言いかけた、そのときだった。背後をなにかが通り過ぎていったような感覚がして、ユヒトはゾッと背筋を強張らせた。
「……! まさか……っ」
少女もその気配に驚いたのか、口元に手を当ててユヒトの後方に視線を走らせた。そしてあっという間もなく、ユヒトの脇を擦り抜け、向こうへと駆け抜けていった。
「マリク……!」
少女は先程までいた倉庫の方向へと向かっている様子だった。ユヒトたちも、わけのわからないまま彼女のあとを追いかける。
「おい! なんなんだっ。あっちへ行ったりこっちへ行ったり!」
「ギムレさん……っ。たぶん本当の泥棒がこの先にいるはずです。とにかく彼女を追いかけましょう!」
そして倉庫前に戻ると、そこに一人の人物が立っているのが見えた。
「あいつが盗人の野郎か! この俺様がふんじばってやるぜ!」
「わっ、ギムレさん、待ってください! まだあの人が泥棒だと決まったわけじゃ……」
ギムレが少女を追い越して、倉庫前の人物へと猛突進した。その人物はそれに気づき、こちらを振り向く。その顔を見て、ユヒトが驚愕の声を発するより前に、ギムレが叫び声をあげた。
「う、わあああああ!!」
バチバチバチバチ!
辺りにスパークが散り、炸裂音が鳴り響く。見ればギムレの足元から雷光のような光が発生し、彼の身動きを奪っていた。
「ギムレさん!」
ユヒトは慌ててギムレの腕を掴んでその場所から引っ張り出した。一瞬手先にビリッと衝撃を感じたが、すぐに手を離したお陰でそれ以上被害を被ることはなかった。
「ギムレさん。大丈夫ですか!?」
しばらく放心状態となっていたギムレだったが、ユヒトの呼びかけに気がついたようで、頭をふるふると振っていた。
「な、なんとか無事だ……。しかし、なんだったんだ。今のは」
それに答えたのは、聞き覚えのない声だった。
「捕縛の魔法だよ。おじさん」
声の先にいたのは、先頃から倉庫の前で立っていた少年だった。
そして、その容姿を見て再度ユヒトは驚いた。
「きみたち……双子?」
ユヒトの言うとおり、目の前にいたのは、先程の少女と同じ顔をした人物だった。少女が、もう一人の少年に近づいていく。二人の違いは髪が長いか短いかくらいのもので、それほど二人は似通っていた。
「マリク。シャドーは?」
「わからない。まだ近くにいるとは思うんだが」
「シャドー?」
ユヒトが聞き返すと、双子のうちの少年のほうが答えた。
「影をさまよい、闇にうごめく形なき魔物。それがシャドー。俺たちはそいつを追いかけている」
双子の少女と同じく菫色の髪と琥珀色の瞳を持った美貌の少年は、どこか怜悧な視線をユヒトへ向けていた。
「きみたちはいったい……?」
「王都エスティーアからやってきたエルフ族の魔法使い。俺はマリク。そっちはミネルバ。見てのとおりの双子さ」
「エルフ……? 魔法使い……?」
聞き慣れない単語が次から次へと登場し、目を白黒させるユヒトだったが、マリクはかまわずに続ける。
「シャドーは俺たちの師匠の仇。俺たちはそいつを追って旅をしてる」
唾棄するように、マリクは言葉のなかに忌々しさを滲ませる。
「とにかく、今俺たちはそいつを追うのに忙しい。邪魔をするな」
言い捨てて去ろうとする彼に対し、今度は怒気を孕んだ声が呼び止めた。
「ちょっと待て。小僧」
じとりと睨め付けるような視線を彼に送ったのは、先程電撃のショックを受けて、地面でへたり込んでいたギムレだった。
「シャドーだかなんだか知らんが、俺たちは俺たちで今この界隈で盗人を働いている犯人を捕らえようと待ち伏せしている最中なんだ。そっちこそ邪魔をするんじゃねえ」
余程先程の電撃が効いたのだろう。見るからに怒りに身を滾らせ、かなり頭に血が上っている様子である。ユヒトはハラハラしながら、とりあえずそんなギムレの意見に同意の言葉を寄せた。
「そ、そうだよ。ギムレさんの言うとおり、僕たちは僕たちでそういう理由があるんだ。このままきみたちの意見だけを聞くわけにはいかない」
マリクは憮然と眉をひそめたが、ミネルバは漂い始めた剣呑な空気を緩和するかのように、ギムレとマリクの間に身を投じた。
「ごめんなさいね。確かにこちらの言い分ばかり押し通してはいけませんよね。マリク、あなたもこちらの方たちの事情も慮らずに話をしてはいけないわ」
どうやらミネルバのほうが話しやすい相手であるようだ。ユヒトは今度はミネルバに体を向けて話し始めた。
「きみたち、さっき魔法使いと言ってたけど、もしかしてさっきギムレさんがかかっていたのも……?」
「はい。先程ここに来たときに魔法陣を仕掛けていたんです。この辺りでシャドーがうろついている気配を感じていましたから」
「魔法陣……。さっきエルフ族とも言っていたけど」
「魔法を扱う種族のなかでも、エルフ族は抜きんでて魔力が高いのです。このハザンの王都エスティーアはエルフの暮らす町でもあります。私たちはそちらの出身です」
「聞いたことがあるぞ。エスティーアのエルフ族の高い魔力は、ハザン国の大いなる戦力であると」
少し落ち着いたのか、ギムレが強張っていた表情を幾分か和らげて言った。
「正確に言えば、俺たちは純粋なエルフではなく、人間とエルフの血が混ざった混血だ。だが、それでもそこらの人間などより高位の魔法を扱えることは間違いない」
マリクもミネルバに諭されたのが効いたようで、先程までより少し言葉の棘がとれたようだった。
確かによく見れば、エルフの特徴と言われる尖った耳を二人は持っていた。そして優れた容姿と透き通るような肌の色も、エルフ族の血をひいていることの現れに違いなかった。
「しかし、噂には聞いていたが、本当にハザン国にはエルフが住んでいるのだな。おとぎ話のことのように思っていたが。まさかこうして本当にエルフ族に会えるとは……」
「だから純血じゃない……って、まあこの話はもういいだろう。それよりも俺たちはシャドーを追わなくてはいけないんだ。こんなところで油を売っている暇はない」
「それはこっちの台詞だっ!」
と、マリクとギムレが再び口論を始めそうになっていた、そのときだった。
ゴトン、と倉庫内部でなにやら物音がした。




