港町の盗人 2
しばらくして、ルーフェンは海からあがってきた。ブルブルと身を震わせて体についた水分を外へと飛ばしている。飛沫が近くのユヒトにもかかり、彼は思わず目を閉じた。
「気持ちよかったかい? 大海原は」
ユヒトが質問すると、ルーフェンが己の体を舐めて整えるのをやめ、ユヒトの肩にぴょんと飛び乗ってきた。
「ああ! 気持ちよかったぞ。なんといっても広いからな。ユヒトも一緒に泳げばよかったのに」
「無理だよ。海といってもこんな船のいっぱい停まっている港だし。第一僕は泳ぎはそんなに得意じゃ……」
「ハハハッ! そうか。そういえばユヒトは金槌だったな。でも苦手なことは練習しないと上達しないぞ」
「だ、だから今のはそういうつもりじゃ……。もう、ルーフェン!」
ユヒトがルーフェンに手を伸ばすと、ルーフェンはユヒトの頭の上へと逃げ、また追いかけると反対の肩へと移動した。そんなふうにじゃれあっていた彼らだったが、突然ルーフェンがその動きを止めた。
「よし。捕まえたぞ。ルーフェン、今日という今日は……」
腕の中でおとなしくなったルーフェンが、なにやら真剣に耳をそばだてているのにユヒトは気付いた。そして、彼もまた周囲に注意深く視線をめぐらせた。
「ルーフェン? なにかいるの?」
ユヒトが小声で話しかけると、ルーフェンは神妙な声で答えた。
「誰かがこちらを見ている。先程からずっと」
「え……?」
「ギムレたちは今どこに?」
「今日泊まる宿を探しに行ってるよ」
「そうか。まあ相手の出方を見極めてから接触をはかったほうが無難か。今のところは様子見だな」
ルーフェンの言葉に、ユヒトは迷いつつもうなずいた。
「なに? 誰かに監視されていた?」
話を聞いた途端、さっそくギムレが驚きの声をあげた。
「しっ! 声が大きいぞギムレ」
すかさずエディールが釘を刺す。
彼らがいるのは、今日泊まる宿に併設されている食堂である。幸い、賑やかな店内の雑音のお陰でギムレの声もそう目立たずに済んでいた。
「ああ、すまん。けど、それは怪しいな。俺たちがフェリア王からの大事な親書を持った使者だと誰かにばれたんだろうか?」
「監視なのかどうかはわからないんですけど、ルーフェンが言うには、どうやらこちらを見ていたのは二人組のようなんです。警戒しているのか、距離を保ちながらこちらの様子をうかがっているみたいで……」
ユヒトは不安そうに辺りに視線を向ける。知らない誰かに見られているなんて、ものすごく落ち着かない。
「まあ、今のところこちらに害を及ぼすようなこともしてこないみたいだし、様子見してるところだけど、あんまり気になるようならいっちょオレが締め上げて問い糾してきてやってもいいんだけど」
とルーフェン。ギムレも同意するようにうなずく。
「俺もそうするのがてっとり早いと思っていたところだ。で、やつらどこにいる?」
今にも席を立ちあがろうとするギムレを、ユヒトは慌てて止めにかかった。
「ままま、待ってください! その気持ちはよーくわかります。わかるんですけど、なにもしてこない相手をいきなり締め上げるなんて、やっぱりよくないですよ。それに今は大切な任務の途中。ヘタに騒ぎを大きくして任務の遂行が妨げられてしまったら元も子もありません。もう少しだけ相手の出方を待ってみてもいいんじゃないでしょうか」
「そうだな。ユヒトの言うとおり、ここはもう少し待ったほうが賢明だ。トラブルは最小限にしておきたい」
ユヒトの意見にはエディールが味方についた。いつものようにギムレとエディールが諍いを起こさないかとユヒトはハラハラしていたが、意外にも今回はギムレが素直に引き下がり、立ちかけていた腰を椅子に再び落ち着けた。
「そうだな。あえてまだ起きてもないことで事態を荒立てるのも時間の無駄だ。それよりもせっかく今日はうまい酒にありつけたんだ。まずはこれを飲まないことにはもったいない」
ギムレはそう言うと、ちょうどテーブルに運ばれてきた酒をさっそく杯に注いで飲み始めた。相変わらずの飲みっぷりである。
肩すかしを食らった気分のユヒトだったが、とりあえずは意見がまとまったというところで、幾分ほっとしたことは事実だった。
「まあ、やっこさんもこちらに用があるなら、そのうち向こうから接触をはかってくるさ」
呑気な様子で、ルーフェンは椅子の背もたれにもたれかかった。




