港町の盗人 1
トト村からセレイアへの使者として旅に出たときは十四歳だったユヒトも、春に誕生日を迎え、すでに十五歳になっていた。
旅の間で経験した様々なことは、少年の体をたくましくし、弱虫だった心も強靱なしなやかさを持つまでに成長していた。
ユヒトばかりではない。年長者のギムレや旅慣れているエディールも、この一年で以前にも増して肉体的にも精神的にも成長していた。
彼らは今、セレイアから帰還したあとに受けた重要な任務に就いていた。それは、フェリア国、聖王ナムゼから東の国ハザンの聖王へと向けた親書を届けるという役目だった。もちろんそれが為されたあかつきには、さらなる栄誉と報奨金が与えられるはずである。なんの身分も持たない彼らがその任務を任せられたことは異例中の異例ではあったが、彼らの功績や能力は、誰もが納得せざるを得ないものだった。
そうして新たな任務を受け、東の国ハザンへと旅立った一行は、フェリアとハザンの国境を越えてさらに北上し、ようやくとある町へとたどり着いていた。
「ここはハザン国の南東に位置しているポートワールという港町だ。この港には我が祖国フェリアからの物資も多く入ってきている。商人も多く出入りしていて賑やかな町だ」
馬から下りたギムレが、物珍しげに周囲を眺めているユヒトに言った。
ユヒトの眼前には、広大な海が広がっていた。そして海に面した港には、いくつもの船が並んでいる。港近くにはたくさんの店が並んでいて、港町特有の異国情緒に満ちていた。
「す、すごいですね……。これが海……。そしてあれが商船。あんな大きなものがどうやって水に浮かんでいるのか不思議です」
目をぱちくりと瞬かせて、ユヒトは顔を紅潮させながら興奮していた。だが、ギムレはこんなことも言った。
「しかし、船が随分停泊しているな。出航する船の数が少ないんだろうか」
「きっと海の潮流が変調をきたしていることに加え、風が吹かないせいもあるだろうな。あそこにぶらついている船乗りは随分暇を持てあましているようだ」
エディールの言うとおり、向こうのほうで幾人かの船乗りらが手持ちぶさたそうにたむろしていた。ユヒトはそんな様子を複雑なまなざしで見つめた。
「ユヒト! オレ、海で泳いできてもいいか?」
「え? あ、うん……って……ええっ!?」
他に気を取られていたユヒトは、ルーフェンがいつの間にか横で服を脱ぎ出さそうとしているのに、そのときようやく気付いた。
「わーっ!! ダメダメ! こんなところで脱いじゃ!」
寸でのところで止められてしまったルーフェンは、思い切り不満顔になる。
「ぶーっ。なんだよ。いいだろ、ちょっとくらい」
「ダメだって! 女の子がいきなりこんなところで裸になるだなんて、公序良俗に反するというか、目のやり場に困るというか」
「ん? なんだ。この姿がいけないってことか? それなら獣の姿ならいいってことだな?」
「え? えーと、まあそれなら……」
「そっか。じゃあさっそくそうするよ!」
と言うと、ルーフェンは海に向かって走っていき、そのまま海に飛び込んだかと思うと、着水する寸前で獣の姿にドロンと変身した。そしてそのまま気持ちよさそうに犬かきで泳ぎ始めた。
ユヒトはその様子をヒヤヒヤと見守りながら、誰かに見られてやしなかったか周囲をきょろきょろ見回した。
「まったくもう……」
「クックック。相変わらず子供のお守りは大変そうだな」
気楽に笑うエディールに、ユヒトは不満を口にする。
「他人事みたいに言わないでくださいよ。っていうか、エディールさんも止めてくれればいいのに」
「止めることもないだろう。ほら、あんなに楽しそうに泳いでいるじゃないか。この先も長いんだ。少しは気晴らしもいいとは思うがね」
確かにルーフェンは大きな海の中で楽しそうだ。任務の途中とはいえ、気分転換もときには必要なのかもしれない、とユヒトは思い直した。
「さて、それより早いとこ今日の宿を探して明日に備えなきゃいけないぞ。俺たちは今重要な任務の途中なのだからな。あまりゆっくりもしてられん」
「そうだな。ユヒト、きみはルーフェンをここで見ておいてくれ。我々はその間に宿の手配などをしてこよう」
「わかりました」
そうしてギムレとエディールはその場を去っていった。




