第99話 クラーケン
谷村での逆合宿を行った後。
「ただいまー」
「……お疲れさまです」
館に帰ってくると、五十嵐さんがポニーテールを揺らして手紙を持って来てくれた。
「留守中にこれだけ来ていました」
「うん、ありがとう」
そう言って俺は手紙の束をザっと確認していく。
すると途中でザハルベルトの住所が見えたので、一瞬クロスかティアナからかな?……と思ったが、名を見れば『ギルド総本部』となっていた。
内容は、ギルド本部から直々のクエスト依頼だった。
討伐対象はA級ボスの【クラーケン】である。
「おい見ろよ」
そう言うと、そろばんで肩を叩きながらガルシアがのぞきこむ。
「はあ。それ、なんかイイことあるんスか?」
「ガルシアお前、クラーケンってどんな魔物か知ってる?」
「それくらいは知ってるッスよー。海に住む大きなイカの魔物でしょう?」
「うん。じゃあ、ギルド本部がまだA級の俺たちにわざわざ『海系モンスター』の討伐を依頼してきたっていうのはどういうことだと思う?」
そう聞くとガルシアは顎に手を当てて考え始めたが、その間に女秘書の鋭い目がシュピーンっと光った。
「ギルド本部が、艦の戦闘能力に着目しているということ……?」
「さすが五十嵐さん」
と称賛して、冗談っぽく握手の手を差し出すが、女秘書はペコリとおじぎして返す。
自分からはゼロ距離ににじり寄ってくるくせに、こちらから触れようとするとガードの固い女性である……。
「何はともあれ、もう少なくともS級候補にはなっているはずだ。よほどのことがなければじきにザハルベルトへいけるぞ!」
「よほどのことってどんなんス?」
「うーん、たとえば急にギルド本部の上層部からスゲー嫌われるとか。そういうイレギュラーがなければ大丈夫だと思うぜ」
「では、ほとんど内定ですね」
「まあ、ちゃんとクエストをこなさなきゃなんねーけどな。とりあえず、ちょっくらクラーケンを倒してくるよ」
そういうわけで逆・合宿は一時中断して実戦。
俺は部隊を召集し、艦で海域へ向かった。
ゴゴゴゴゴ……
クラーケンはA級ボス。
強敵だけれど、先に倒したシーサーペントとほぼ同じレベルだ。
これをまたラムと主砲ペンタグラムの合わせ技で攻めた。
まあ、今回は融合させる魔法を炎系のレベル2【キラド】にして威力を調節してみたのだけどな。
それでも十分な火力となり、目視でも最高レベル5【ド・ドキラドン】級の火力にはなっていたと思う。
クラーケンは巨大焼きイカと化し、その魂は光の玉となって飛んでいった。
ザザーン……ザザーン……
さて、こうしてクラーケンを倒し、また艦で領地の新港へと帰ってきた時のこと。
「あれ?」
行きにはなかった帆船が港に着いているのを見かける。
確かあれはアキラが鬼ヶ島で鉄鉱石を採掘しに行っていた船だ。
あいつ、帰って来てんだな。
それで艦を港に着け部隊を解散させると、将平のところでアキラの居場所を尋ねに行った。
「ヤツならもう採掘現場へ行っている」
神社へ行くと、将平は畳の上の和紙へ筆を走らせながら答えた。
「帰ってきたばかりだろうに、もうか?」
「アキラはいろいろな現場をかけ持っているからな。掘削班の人手は増えたが、掘削や調査の胆はヤツのテクニックに頼らざるをえない部分も多いんです」
いろいろな現場というのは領地の西側での魔鉱石採取、地質調査、鬼ヶ島での鉄鉱石、そして、坑道の延長による調査にも手をつけているらしい。
そもそも。
領地遠雲はおおよそ3分の2が山である。
この山々はプレートの移動の圧力で長い時間かけて隆起した山脈に一部の死火山が入り組んだような山脈。
山の成立過程によっては特別な魔力エネルギーの凝縮があったり、古代魔獣の化石が埋まっている可能性があるらしい。
ただ、アキラの地質調査スキルである程度の深さまではボーリングできるものの、山の内部の奥までは明らかにできないのだと。
そこで魔鉱石を掘っていた坑道を大きな枝葉のように拡張し、山々の内部の組成を調査しようというのである。
「な、なんだか巨大ダンジョンができそうだな」
「ええ。大事業なのでまだ時間はかかるようですが、これができれば領地の力を最大限に引き出すことができる」
「確かに。でも……」
俺はかすかに開かれた障子から境内を見やってつぶやく。
「こりゃアキラの過労が心配だな」
その後、魔鉱石の鉱山へ向かうと領民で編成した掘削技術者集団が十数名で坑道を出入りしていた。
アキラは口下手ながらも懸命に彼らの指導をして、みごと尊敬を勝ち取っているようだ。
「おーい、アキラー!」
「あ、りょ、領主!」
俺が遠くから声をかけると、坑道の入口でアキラがピョンピョン飛び跳ねる。
それでいつものように休憩に酒をおごってやった。
「ほら、飲め」
「ひー! う、ウメエ……!」
あいかわらずイケるクチだ。
そして、彼は酒が入ると舌も多少回るようになるのである。
「なあ、アキラ。お前ずいぶん根を詰めているようだけど、どこか具合を悪くしちゃいないか?」
「へ? お、おで……ゲンキだぞ」
アキラは頭をポリポリかきながら答えた。
「ならいいけどな。お前の技術は唯一無二。他に代わりはいないんだ。今日明日で成果を出すことよりも、長期的にはお前の身体の方がよっぽど大事なんだぜ」
「……ふ、ふん。お、おでのからだのことはおでが一番わかっでる」
と、ちょっぴりふてくされるアキラ。
これは将平に言って、あんまり無理をするようなら強制的にも休ませる措置を取らせなきゃいかんかもね。
「とは言え、頑張ってくれているのは事実だ。褒美をやらなきゃな。アキラ、お前なんか望みはないのか?」
そうたずねるとアキラはまた素朴なおっさん笑顔になるが、ふいにうつむきがちとなりモジモジとしだす。
「んだよ。遠慮すんなって」
「領主……その……」
アキラはなにやら顔を赤くしている。
が、酔いも手伝ってか意を決したようにこうつぶやいた。
「おで、おで……嫁がほしいだ」
「…………は?」
思いもよらない答えについすっとんきょうな声が出てしまったが、でも、まあ……おかしな話でもないか。
それに家へ帰れば嫁がいるってなれば、少しは休みを取ろうと言う気分にもなるかもしれん。
「よしわかった。お前ももう一人前以上に稼
いでいるんだし、そこらへん俺がなんとかしてやろう」
「ほ、ほんどが?」
すると、アキラはぴょーんっと飛び跳ねて喜んだ。
その肩をガシっと組んでヒソヒソと相談する。
「それでさ、どんな子がいいとかある?」
「デヘ、デヘヘ♪」
俺は、アキラには領地の中からとびっきり若く器量のよいのを見繕ってやろうと息巻いていたのだけれど、しかし、アキラが言葉拙なにも要望したのは、『自分の暮らしていた山村に住む同年代くらいの女がいい』とのことだった。
アキラと同年代ってことは、30代も半ばということになるが……
「誰か昔っから好きなヤツがいるのか?」
と聞くが特にそういうわけではないらしい。
ただ、子供時代から自分が歳を重ねるのと同じように歳を重ねるのをそれとなく見てきた女であればいいんだと。
「……お前は素直なヤツだよな」
俺はしみじみと言った。
で、山村へ行って聞くと、この村でアキラと同じくらいの年齢の独身、あるいは出戻りの女は三人あるそうな。
そのうちの二人は「アキラとなんかじゃ嫌だ」と拒んだが、一人は別に結婚してもいいと言うので、またアキラのところへ行ってその名を伝えると大変喜んだ。
彼女は若くはないし、そんなに美人でもなかったが、うわっついたところのない、生活的魅力のある女性である。
「決まりだな」
ただ、俺は山村の冠婚葬祭の作法を知らないので、そこらへんはアキラの妹に頼んだ。
「あの穀潰しのアキラが結婚までするなんてねえ……ほんと領主様のおかげです」
彼女はあいかわらず兄を軽く見ている様子ではあったが、さすがに嬉しそうではあった。
これで4世帯しかなかった山村が、5世帯になる。
帰り道で山の闇がやけに神秘的に見えたので、俺はそっと『アキラの一家がうまくいきますように』と祈った。
◇
さて、アキラの結婚の面倒を見ると、また各村へ泊まりこんでの修行を再開する。
残りの予定は磯村と島村。
この2村は漁で生計を立てている村だ。
しかし、その規模はまったく違う。
磯村は700人で、領内NO.2の人口を誇る。
島村は80人で、その名の通り離れ小島にある小規模な村だった。
「だったら先に島村へ行くといいッスよ」
「なんで?」
ガルシアはニッと微笑んで答える。
「いやあね。磯村にちょうど温泉旅館が建ったんッスけど……」
ああ。そう言えばアキラの地質調査で磯村から温泉が出たんだったな。
それで旅館なんて建てていたのか。
「それが来週オープンなんスよ。磯村での修行が来週なら、館のみんなもついて行ってよさそうじゃないッスか」
「おお、なるほど……」
なかなかいいアイディアだ。
俺も温泉は大好きだし、館組の慰安旅行にもなって楽しそうだな。
まあ、領内だけど。
「よし、わかったよ。じゃあ予約しておいてくれ」
「了解ッス」
すると必然、磯村でのお泊りは来週ということになるので、俺は先に一人『島村』へ行くことにした。
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