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第九十話「ラムフィッシュの雇用条件」

 部屋を明るくし、体を起こす。


「ご主人様、どうなさったのですか?」

「ラムフィッシュが召喚可能になった」

「ラムフィッシュの討伐数が百を超えたんですか? うどんちゃんが頑張っているんですね」


 ……だな。

 うどんが――いや、うどんだけじゃない、みんな仕事を頑張っている時間だ。

 こんな時間から遊ぶわけにはいかないな。


「ラムフィッシュを召喚なさるんですね」

「ああ。さすがにここで召喚するわけにはいかないから、海に行くか」


 使い魔限定で陸上で生活できるとは思えない。

 俺はダンジョンの入り口で番犬をしているケルとベルを連れてフロンと一緒に海辺に散歩に向かった。

 リードもないので、散歩というよりかはケルとベルが俺を先導しているみたいだ。

 浜辺への道は踏み均されているので、最初に島に来たときより遥かに歩きやすい。


「よし、遊んできていいぞ」


 俺がそう言うと、ケルとベルは二匹で争うように海に走っていき、波打ち際で遊びだした。

 海への恐怖はまるでないようだ。


「ケル、ベル、はしゃいでも、海の中で粗相をするなよ」


 俺がそう言うと、ケルとベルは「「ワン」」と同時に鳴いた。


「大丈夫ですよ、ご主人様。ケルとベルは賢いですから」


 フロンが俺にそう声をかけた。

 波打ち際で靴を脱ぎ、踝のあたりまで海水に浸かる。

 

「ここでいいか。使い魔召喚、ラムフィッシュ!」


 俺が魔法を唱えると、水の中にピンク色の目が大きな魚が泳いでいた。


「かわいいですね!」

「ああ。ラムフィッシュの原型はほとんどないな」


 まぁ、これまでの使い魔たちも元となった魔物とは大きく異なる姿で召喚されていたが。

 よし、これでラムフィッシュに命令を――


「名前は……フロン、俺の寝言の中で食べ物の名前、まだあるのか?」

「はい。ご主人様はことあるごとにいろいろな物の名前を仰っています。最近だとサシミやワサビ、ショーユなどが……」


 あぁ、海鮮丼を食べたからだな。

 しかし、ラムフィッシュにサシミ……いやいや、さすがにそれは。


「他には?」

「スダチ、ポンズなども」


 サシミの食べ方に迷走しているな。

 しかし、サシミよりはスダチの方がよさそう……いや、ラムフィッシュだし、どうせなら――


「よし、こいつの名前はライムにしよう。スダチに似ている俺の世界の果物だ。語呂がいい」

「ご主人様、素敵な名前です」

「よし、ライム……意思疎通できるのか?」


 使い魔ラムフィッシュ改めライムは、くるくると俺の足下の水の中を泳いでいるが、わかっているのだろうか?


「ライム、聞こえているか? 俺の言葉わかるか?」


 俺が尋ねると、ライムは餌を求める池の鯉みたいに口を出してパクパクとしていた。


「(……わかる)」

「…………え?」


 ライムの方から声が聞こえた?

 いや、音じゃないよな。


「ご主人様、どうなさったのですか?」

「ライムの言っていることがなんとなくわかった気がする」

「さすがご主人様です」

「いや、ここまで来ると、俺の幻聴のような気もするが……」


 やはり俺と使い魔の間には、他の人とは違う意思疎通能力があるということか?

 使い魔たちの言葉がわかっていたのも、鳴き声を翻訳していたのではなく、声と一緒に意思が伝わってきたと。


「(……仕事?)」


 おぉ、生まれて直ぐに仕事をしたいとは、さすがは俺の使い魔だ。

 と思っていると、ケルとベルが近付いてきて、海中のライムを興味深げに見ていた。


「食べるんじゃないぞ、ケル、ベル。この子はライムといって俺たちの仲間なんだからな。ライムも怯えなくていい、賢いから」

「「ワン」」

「(……平気)」


 ライムは結構肝が据わっている。

 ケルとベルが賢いと悟っているようだ。


「(……死んでも蘇る)」


 違った。

 いろいろと諦めていた。

 思っているより闇が深いぞ、ライム。


「あぁ、仕事の内容だが、どうする? ちょっと海に慣れてからにするか?」

「(……今すぐで問題ない)」

「そうか。なら頼みたいんだが、瘴気の発生源を探してきてほしいんだ」


 俺はコショマーレ様から依頼された仕事について、ライムに伝える。

 そして、その瘴気によって生み出されたナマコの生息域についても。


「(……わかった。今すぐでも捜しに行ける)」

「話が早くて助かる」


 凄いな、ライム。俺よりワーカーホリックだな。


「あと、仕事の報告だが」

「(……夜は働きたくないから太陽が沈んだら送還してほしい)」

「え?」

「(……朝、召喚してくれたら報告する)」


 ライム、ワーカーホリックなんてとんでもない!

 定時出社、定時退社希望だった!

 自ら送還希望の使い魔は初めてだ。


 しかし、まぁテンツユたちと違って一緒にダンジョンの中で寝起きをするというわけにはいかない。

 水槽を作ることもできなくないが、ろ過機もエアポンプもないからライムにとって快適な環境とは言えないだろう。


「わかった。それと食事だが」

「(……自分で狩りをするからいらない)」

「なら給料……褒美とかは?」

「(……仕事で成果が出たら、一日海でフリーの日が欲しい)」

「一日海で休みたいか。うん、それなら――」


 ライムがそう言うので、雨や嵐の日を除き週休二日。さらに成果を出すことができれば希望日に休暇を出す約束をした。

 その後も雇用条件をすり合わせると、ライムは納得し、さっそく仕事を開始した。


「いやぁ、ライムはなかなか現代っ子だな。しかし、働き方の新しい形が推奨される今、ああいう子が社会には必要なのかもな」

「ご主人様、ライムの言っていることがわかったのですか? 口を動かしているようにしか見えませんでしたが」

「ああ、確かに無口っぽい感じだよな。でも、中々に可愛い感じだったぞ。言いたいことははっきりと言ってくるしな。いや、むしろみんなにも言いたいことははっきりと言ってもらわないといけないのかもな。やはり働くときは気持ちよく働かないといけないからな」

「……改めて、ご主人様が本当に凄い方だと思いました」


 フロンが感心を通りこした感じで言った。

 いやいや、俺は全然凄くない。


「使い魔の声がわかるのは、天恵の力の恩恵だよ。俺が凄いわけじゃないさ」

「いえ、ご主人様は、従魔であるテンツユちゃんたちのことを本当に大切に思っているんだなと改めて思いました」

「それこそ普通だろ? ケルとベルだって前の主人には大切にされていたもんな」


 俺はそう言ってケルとベルの頭を撫でる。


「普通の魔物使い、従魔に対し雇用条件を提示したりしません。ご褒美に餌を与えることはありますが、それだけです。ご主人様は……優しすぎます」


 顔を背けてそう言ったフロンの横顔は、何故か少し悲しそうに見えたのだった。


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