第八十六話「新たな交易品」
なんで紫ナマコ?
俺が適当に付けた名前なのに。
ただの偶然で、別の魔物か?
とりあえず、迷宮の中の危険はなさそうなので、紫ナマコのいる部屋に行く。
すると、そこには、以前テルさんと一緒に駆除した紫ナマコがいた。
(どういうことだ?)
気になるのは二点。
紫ナマコという名前。
そして、紫ナマコがここにいる理由だ。
テルさんが言うには、紫ナマコは新種の魔物らしい。
当然、その名前はなかっただろう。
もしかして、新種の生物には発見者が命名権を持つという話か?
発見者は俺ではなくテルさんだったはずだが、テルさんが名前を考えていなかったとしたら、次に見つけた俺の命名が採用されたのかもしれない。
そっちはまだいい。
紫ナマコがなぜここにいるのか?
偶然である可能性も当然あるが、新種の魔物がいきなり迷宮に現れる理由の方が気になる。
考えられる可能性は二つある。
俺が命名した魔物だから、この迷宮に現れたという可能性。
そして、もう一つは、紫ナマコをこの迷宮に食べさせたから、紫ナマコが魔物として現れるようになった――という可能性だ。
つまりは、魔物の複製だ。
こっちの可能性は低くないと思う。
できることなら、実験したいものだ。
まぁ、これはおいおいしていくことにしよう。
俺は迷宮で這っている紫ナマコを、うどんのバブルボムで倒させた。
残ったのは、歩きキノコが落とすのと同じサイズの極小の魔石と乾燥したなまこだった。
なまこは酢の物にして食べられそうだな。
さらに、奥の部屋に宝箱を設置することにした。
一番低レベルの宝箱なのでDPもそれほど必要としない。
中身を確認すると、銀貨が何枚か入っていた。
「これがこの世界の貨幣か……見るのは初めてだな。えっと、金貨一枚が一万センスらしいが、銀貨っていくらだっけ?」
「メー(銀貨一枚が百センスだよ?)」
「知ってるのかっ!?」
ダメ元で聞いたのに、知っていたのか。
使い魔が生まれ持って携えている知識ってことか。
ちなみに、主要国では、パン一個の値段が三センスと決められているらしい。一個といっても、菓子パンのようなお菓子パンではなく、フランスパンのような細長いパンが多く、それを食べるだけでお腹いっぱいになるような大きなパンのことだ。
おそらく、一センスが100円くらいの価値があるのだろう。
「しかし、宝箱の中に金が入っているのはゲームなんかじゃお約束といえばお約束だが、通貨偽造とかそういう罪に問われたりしないよな?」
迷宮を作ったのも宝箱を作ったのも俺なのだ。
つまり、俺がお金を作ったということになる。
あと、このセンスという貨幣がどの国で使えるお金なのかも気になる。
島に帰ってから、フロンかシャルさんに聞くことにしよう。
「うどん、ラムフィッシュを倒してから帰るか」
「メー(うん)」
こうして、俺とうどんはラムフィッシュを倒し、手に入れた白身魚のうちいくつかを海獣たちと、お騒がせしたチキンバードにおすそ分けし、島に帰った。
ちょうど村の広場でガモン爺となにか話しているシャルさんがいたので、話を聞くことにした。
「迷宮から出た貨幣ですか? はい、使用して問題がありません。むしろ、この島の場合はジョージ様が許可を出す側ですよ?」
シャルさんは俺に説明してくれた。
迷宮から貨幣が出た場合、近くの冒険者ギルド、商業ギルド、教会、役所などに申請することで使用できる。
迷宮の貨幣は女神からの恵みであり、また迷宮内で魔物退治に勤しんだ報酬となるらしい。
ただ、どれだけの貨幣が迷宮から見つかっているか把握しないといけないので、申請する必要があるそうだ。
「あと、その銀貨は女神教会のある七十六の国で使用できます。北大陸と東大陸にある精霊をあがめる一部の国と、そもそも貨幣制度を導入していない国では使うことができません」
「精霊をあがめる国もあるんですか」
精霊といえば、雪の精霊ナンテンを思い出す。
あいつ、場所によっては神様と同格に扱われているのか。
「それより、ジョージ様に伺いたいことがあるのですがよろしいでしょうか?」
「なんですか?」
「この島の交易品について考えていたんです。いまのところ、主要な交易品として、迷宮で獲れる保存のきく干しキノコと、工芸品に使われる亀の甲羅、一角ウサギの角、あとはウサギ肉や牛肉等も塩漬けにして輸送しようと考えています。しかし、それだけでは交易所も赤字続きですし。なんとかマンドラゴラを定期的に入手する術はありませんか?」
「マンドラゴラですか……」
俺の迷宮で一度だけ出たことがある魔物だ。
人型の人参のような草で、抜くと悲鳴のような声をあげる。その声を効くと狂乱状態になり、周りにいる人間を襲うだけでなく、自分のことも殺す可能性がある。
ちなみに、通常の魔物は殺してしまうとドロップアイテムと魔石を落とし、本体は消えてしまうのだが、マンドラゴラに関しては自分の体そのものがドロップアイテムであり、その価値は一本三万センスを下らないそうだ。
しかし、いまだに二本目のマンドラゴラが迷宮に現れたという報告はないし、なにより抜く方法がない。
そりゃ、使い魔に抜かせるという手段も考えた。
しかし、いくらクールタイムがあれば生き返る使い魔とはいえ、死ぬ危険が限りなく高い仕事を押し付ける気にはならない。
「二本目のマンドラゴラが現れたっていう報告はテンツユからも受けていませんし、危険ですから」
「そうですか……」
「あぁ……そういえば、干しキノコが交易品になるなら、乾燥ナマコなんてどうですか?」
「乾燥ナマコ? 現物を見せていただいてもよろしいですか?」
「もちろんです」
俺はそう言って、乾燥ナマコを倉庫から取り出した。
「これはいったいどこで?」
「ここの近くの島の迷宮です。そこの魔物のドロップアイテムです」
「乾燥ナマコは、西大陸では漢方薬の素材として高値で取引されています。この大きさなら、一つ八十センスで買い取らせていただきます」
「そんなに?」
「南大陸では漢方薬の素材として重宝されています。迷宮のドロップアイテムなら質も確かですから」
おぉ、紫ナマコが思わぬ収入につながった。
日本円にして八千円。
一瞬、わずか八十センスと思ったが、紫ナマコがどのくらいの頻度で発生し、どのくらの割合で乾燥ナマコを落とすかわからない。
仮に一日三匹発生し、五割の確率で乾燥ナマコを落とせば、一日の期待値は百二十センス、即ち一万二千円になる。
臨時収入と定期収入とでは大きく異なる。
毎日百二十センス、一年間で四万三千八百センスの儲けになる。
明日、うどんが何匹の紫ナマコとラムフィッシュを倒してくるか、非常に楽しみだ。
「あ、シャルさん。もう一つ質問が」
「はい、なんでしょう?」
「死体には全然価値がなくて安く簡単に手に入るけれど、迷宮に現れたときのドロップアイテムには価値のある魔物っていますか?」




