第八十話「三箇所目の迷宮」
空を舞うチキンバードを見て、俺は不安になり、テルさんに尋ねた。
「やばっ、これであの鳥たちは島に戻ってこないとかってありますか?」
「大丈夫だ。地震程度では驚いて空を飛ぶことがあっても、すぐに戻ってくる」
テルさんの言う通り、チキンバードたちは空を一周して元の場所に戻ってきた。
ふぅ、一安心だ。
とチキンバードを見ている間に、迷宮が出来上がっていた。
「私、迷宮ができるところ初めて見ました」
「そうだっけ?」
あぁ、そういえば最初に迷宮を作ったときはフロンと出会っていなかったし、砦の迷宮を作るときはブナンと二人だった。
フロンの前では迷宮の拡張を何度もしていたことがあったが、一から作るのを見せるのはこれが初めてだ。
ひとつ、「どうだ? 惚れ直したか?」と言いたいところだが。
「さすがはご主人様です。尊敬いたします」
惚れ直すもなにも、フロンはいつも通り俺のことを立ててくれた。
しかし、テルさんはなんか無表情だな。
てっきりもっと驚かれるかと思ったが。
モトナリさんの天恵の方がもっとすごい力だったのだろうか?
マップを確認すると、魔物がいた。
一階層を作らなければ魔物が現れないという前例が覆ってしまった。
「すみません、一階層がなくても魔物がいますね。名前は……ラムフィッシュ?」
魚がいるのか。ということは、迷宮の中に水があるということか。
水飲み場も作れるのだ、迷宮の中に池や川があっても不思議ではない。
「ラムフィッシュか。それなら迷宮から出てくることはないな。もちろん、管理はしてもらいたいが」
テルさんが少し安心したように言った。知っている魔物らしい。
「安全な魔物なんですか?」
「近づくと危険だが、まぁ死ぬことは滅多にない」
それって、極稀に危ないということではないのか?
「しかし、ジョージ殿は魔物の位置がわかるのか?」
「ええ、俺の作った迷宮の中だけですが」
「そうか。なら不意打ちされる心配はないだろう」
どういうことかわからないが、とりあえず中に入ることにした。
そして、毒のある魔物を迷宮の床に置き、うどんがバブルボムで倒していく。
【ジョージのレベルが上がった】
うどんの経験値、ありがとうございます。
もしかしたら、島の方でテンツユたちが倒した魔物の経験値かもしれないが。
魔物の死体は綺麗に消え去った。これなら毒が流れる心配はない。
それと、魔物の卵だが、迷宮ができると同時に消えてなくなっていた。
迷宮に呑まれたのだろう。
「しかし、迷宮が魔物を呑むのって怖い感じがするな」
「迷宮は元々瘴気を浄化する装置のようなものだ。魔物は瘴気によって異常変異した存在で、体内に瘴気を溜め込んでいる。迷宮が呑むのもそのためだ」
「あ、じゃあ人間や動物が呑まれたりはしないんですね」
「いや、人間も動物も多かれ少なかれ体内に瘴気はあるからな。迷宮は等しく呑みこむ。どこの国でも迷宮葬は割とポピュラーな話だ」
迷宮葬って、迷宮に死体を吞ませているのか。
魂が浄化されて来世に生まれ変わるみたいな伝承でもあるのだろうか?
疫病が発生する心配はなく手間もかからないから手軽かもしれないが、俺が死んだら火葬で弔ってほしい。
洞窟だったそこは明るい。
地下に続く階段はなく、ただ小さな池があるだけだった。
迷宮というよりかは、釣り堀に来たみたいだ。
「ラムフィッシュは何匹いるんだ?」
「この部屋に三匹います」
「そうか」
テルさんは確認すると、無造作に池に近付いた。
すると、当然池の中から中型の魚が飛び出してきた。
すごい勢いだが、テルさんはそれを予見していたかのように叩いて横に飛ばす。
さらに二匹のラムフィッシュが飛び出したが、同じように叩き飛ばした。
「ラムフィッシュはこのように、水面に外敵が近づくと体当たりしてくる習性がある。一度避けるか弾き飛ばしてしまえば、あとは問題ない」
地上にいる敵に向かって体当たりって、なんとも凄い魚だ。
もしも避けられたら、そのまま地上で死ぬしかないだろうに。
……これ、飛び出す槍をセッティングしたら、勝手にラムフィッシュが外敵と勘違いして飛び出して自殺したりしないだろうか?
いや、そもそも飛び出す槍は何かが上を通らないと作動しないから無理か。
テルさんは床でぴちぴち跳ねるラムフィッシュを掴み、その口の中を見せてくれた。
「このようにラムフィッシュの歯は鋭く、嚙みつかれたら簡単には外れん。もしも噛みつかれたら無理に引っ張るのではなく、体を掴んで絶命させろ。迷宮の魔物なら、それで――」
とテルさんがラムフィッシュの体を締め付けるように握ると、説明するより先にラムフィッシュが絶命し、ドロップアイテムになった。
魚の切り身と魔石だ。
「噛みつかれたら殺せばいいってことですね」
「その通りだ。毒もないから心配はいらない」
噛みつかれないように気をつけよう。
「スロータートルなら、ラムフィッシュが飛び出す前に甲羅に入ればいい」
「うどん、できそうか?」
「メー(よゆー)」
余裕だそうだ。
そうこうしている間に、テルさんは残りの二匹のラムフィッシュを絶命させて、魔石と魚の切り身を回収した。
「ところで、君たちはどこから来たんだ?」
「あぁ、俺たちはこの近くの島に住んでいるんです。そこに村を作らないといけないので」
「村を?」
「はい、いろいろと訳ありで。よかったら島にいらっしゃいませんか? あまり盛大なもてなしはできませんが、肉とキノコなら結構食べられますよ」
「そうか。実は携帯食と魚ばかりで飽きていたんだ。よかったら行かせてもらおう」
テルさんは俺の誘いに快く応じてくれた。
船に戻り、いびきをかいて眠っていたサンダーを起こし、お互い自己紹介してもらった。
サンダーは、テルさんを見て、
「あんた、強そうだな。どうだ? 試合でも?」
と、会ってそうそう勝負を申し込んだ。
目が合えば戦いって、どこのポ〇モントレーナーだよって言いたい。
ただ、テルさんは笑って断った。
「すまない。確かに武術は学んできたが、あくまで自衛のため。誰かと戦うものではない」
そう言うと、サンダーは簡単に引き下がった。
戦う気のない人と勝負するつもりはないらしい。
こうして、二艘の船で元の島を目指すことになったが、振り返ると、パウルワたちが俺たちを見送りに来た。
テルさんはほほ笑み、さっきラムフィッシュが落とした切り身を投げる。
「パウルワはこのように人懐こい性格をしている。そして、パウルワが棲息しているのは岩礁の多い場所だからな。漁師たちの間では、座礁しないように警告してくれる守り神として知られている。そして、漁師は知らせてくれたお礼にこうして魚を投げるのだ」
「そうだったのか」
今度来るときは、魚を捕まえて持ってこよう。
そう心に誓い、俺はパウルワたちに別れを告げたのだった。
期せずして三箇所目の迷宮を作成してしまったが、自動的にラムフィッシュを倒す罠を作らないといけないな。




