第七十九話「モトナリの娘」
戦国時代で名前が知られている武将は数多くいる。
有名なところでいえば、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康、伊達政宗、武田信玄に上杉謙信……と羅列していけばキリがないか。
とにかく、有名な武将が多い。
仮に、全国民に有名な戦国武将を二十人言ってくださいと言えば、先ほど挙げたような名前が並ぶだろう。
そして、その中に入るのが毛利元就だ。
しかしながら、その毛利元就が、一体どういう人なのか? と尋ねられたら、なんとなく中国地方の方を治めていた、三本の矢で有名な人ということしかわからないだろう。
しかも、三本の矢については、偽史(事実ではない嘘の話)の可能性が高いから、ますますどんな人がわからない。
ただ、どんな人かわからないのに、名前だけが後世にしっかりと伝わっているから凄いということはわかる。
俺にとって、毛利元就はそういう人物だ。
しかし、その毛利元就が異世界にいて、しかも娘がいる?
俺は混乱した
「すまない。そういえば父から聞かされていた。父の名前をニホンジンに語るときはこういうようにと。『モトナリはあだ名で、本当の名前はモトヤ。素肌のスという漢字に、ヤともナリとも読む漢字』と伝えてくれたらわかるそうだ」
「あぁ、そうなんですか」
毛利|素也さんね。モトナリって読めるわ。
歴史の登場人物本人が異世界にいるかと思ってびっくりしたよ。
漫画やアニメとかだと戦国武将が普通に令和の時代にタイムスリップしたりしているから、異世界に来ることもあるのかと思った。
「ご主人様、モウリモトナリさんの知り合いなのですか?」
「いや、俺の国の四、五百年くらい前の大名……ええと、太守? みたいな人が毛利元就って人なんだ」
俺はフロンにそう説明し、
「すみません。毛利モトナリさんについては知りません。というか、こういう島にいるものなんですか?」
「父は冒険家として世界中を回っています。私も幼少の頃はよく父に突き合わされて、秘境の地や古代遺跡などに行きました。そのおかげで、世界中の動物を見て、動物学者になったのですが」
「冒険家ですか」
冒険者とはまた別なんだろうな。
秘境の地とか古代遺跡の冒険……なんとか探検隊みたいな感じか。
「じゃあ、この島もなにか古代遺跡とかあるのですか?」
「いえ、この島にあるのは天然の洞窟くらいですね。ですが、ちょっとその洞窟に問題がありまして」
テルさんが深刻そうに言う。
「問題って?」
「実は、厄介な魔物が住みついたらしく、このままではチキンバードもパウルワも住処を追われることになるかもしれないのだ」
その話を聞いて、俺は海獣たちを見た。
あの子供はせっかく両親と再会できたというのに、この場所を追われるというのか。
「詳しく教えていただけませんか? 強い魔物というのなら、一緒にこの島に来た冒険者の手を借りることもできます。ドラゴンスレイヤーの称号も持っている信頼できる冒険者です」
「それは頼もしいが、強さでどうこうなる魔物ではない。そうだな、ついてきてくれるか?」
俺はテルさんについていくことにした。
洞窟というのは、内海の畔にあった。
海水の流れ込んでいる洞窟で、薄暗い。
あまり深くないように感じる。
【迷宮候補地を発見しました。この場所に迷宮の基礎を作りますか?】
おっと、ここも迷宮になるのか。
ただ、魔物がいるそうだから、どうせ迷宮は作れないな。
仮に迷宮が作れたとしても、管理できないし意味がない。
「ご主人様、どうかなさったのですか?」
「いや、ここも迷宮にできるみたいだ」
俺は小さな声でつぶやくように言った。
そして、真っすぐ進むと、そこにいたのは、紫色のナマコのような魔物だった。
それが百匹近くいる。
気持ち悪い。
さらにその半分くらいは死んでいるようだ。
「これが私が言っていた魔物だ。ここを産卵場所に選んだらしい」
「これがですか? かなり弱そうですが」
「ああ、弱い。剣でつついただけで死んでしまう」
テルさんがそう言って、ナイフで突き刺すと、紫色のナマコのような魔物は、体と同じ、紫色の体液をまき散らして死んでしまった。
「動物学者なのに簡単に殺していいのですか?」
「動物学者ではあるが、魔物学者ではない。それに、本来この魔物はこの島にいるべき魔物ではない。瘴気によって変異した魔物で、名前もまだないからな」
それって新種の魔物ってことか。
大発見の気がするが、変異種ってだけで大発見になるなら、うちの使い魔は全員大発見だ。
「それで、この魔物の何が厄介なのですか?」
「この体液だよ」
どうも、この体液はかなりの猛毒で、内海に流れてしまえば多くの魚が死んでしまうんだそうだ。
しかも、この魔物は卵を産むと自然と力が尽きて、体液を流して死ぬというのだから厄介だ。
殺さなくても毒の体液が出ることになる。
いまは洞窟と海が繋がっていないから大丈夫だが、先日の嵐のような大雨が降り、内海の海水がこの洞窟に流れこんできたら、この洞窟内の毒も一緒に出てしまう。
そうなると、海にいるパウルワも無事では済まないし、チキンバードも餌として食べる魚が毒塗れなのだから死んでしまう。
「全部捕獲して、他の場所で燃やすのはどうでしょう?」
フロンが言った。物騒に聞こえるが、それしかないように思える。
「ああ、そうしたいのだがな……これを見てくれ」
テルさんはそう言って落ちていた小石をずらした。
その小石の隙間に、小さな小さな粒のようなものが見える。
「どうやら、この魔物たちは産卵のためにここにやってきたらしい。魔物すべて捕獲することはできるかもしれないが、この卵をすべて除去するとなると不可能に近い。魔物を殺す薬の散布も考えたが、内海に近いこんな場所で薬を撒けば、海の中にも薬が流れるかもしれない」
「じゃあ、大量に薪を集めてきて、全部燃やしてしまうとか」
「それなら確かに卵を潰せるかもしれんが、こんな岩だらけの島に、この洞窟の卵をすべて燃やすほどの熱量を発するだけの燃料を集めて来られるのか?」
うっ、それは無理だ。
フロンの狐火でも限度がある。
うどんが勝手にバブルボムを使って魔物の前ではじけさせていく。
その衝撃だけで魔物は簡単に死んでいった。
歩きキノコより簡単に死ぬのだが、その毒は厄介だ。
「それに、この洞窟はこの魔物にとって産卵に適している場所らしい。今回無事に全部倒せたとしても、あの魔物が近くの海にいる以上、この場所を次の産卵場所に選ぶ可能性が高い」
あぁ、厄介だな。
殺したら毒が出る魔物って。
ここが迷宮だったら、魔物の死体は全部迷宮が呑み込んでくれるのに……ん?
「そうか……ここを迷宮にすればいいんじゃないか?」
「迷宮にする? どういうことだ?」
事情が事情なだけに、テルさんを信用し、すべて話すことにした。
テルさんは俺の話を茶化すことなく受け入れてくれた。
「父も天恵を持っているからな。父の力を見慣れていれば、驚くほどではない」
どうやらモトナリさんも結構な能力を持っているらしい。
我ながら良い考えではないだろうか?
迷宮にするのなら、魔物が死ねば自動的に迷宮が呑み込んでくれる。
この魔物は、卵を産めば死ぬが、その体液も死体も全部迷宮が呑み込むのだから、海に流れる心配はない。
「しかし、迷宮となると、魔物が出るのだろう? 管理する者が必要なのではないか?」
「あぁ……まぁ、一階層くらいなら弱い魔物しか出ませんし、いままでだったら一階層を作らない状態だと魔物は出なかったのですが」
ただ、前例が二つしかない以上、絶対に魔物が出ないとは言い切れない。
だが、管理のためにわざわざこの島までくるのも厄介だ。
「メー(毎日見に来てもいいよ)」
「本当か?」
「どうかしたのか?」
「もしも魔物が出るなら、うどんが毎日この迷宮に来て魔物を倒してくれるそうです」
俺はうどんの言葉を翻訳した。
「しかし、このスロータートルが死んだあとはどうする? 迷宮から魔物が溢れることはめったにないが、一年前の例もあるから、放置はできないぞ」
どうも、一年前、世界中の迷宮から魔物があふれ出して大騒ぎになる事件があったらしい。
そうだよな、管理は一生必要だと思う。
そういえば、使い魔の寿命って何年なんだろう?
いや、うどんの寿命がたとえ無限であっても、俺には寿命がある。
俺が死ぬまで管理しても、死んだあとのことを考えないといけない。
「それでしたら、ご主人様がいつもなさっているみたいに、罠で現れる魔物を倒していく方式をとるのはどうでしょうか?」
「しかし、そううまくいくか? いまのところ俺が倒せているのは歩きキノコと青スライムくらいだぞ」
「いまは無理でも、ご主人様が迷宮を管理なさっている間に罠を完成させればいいのです。私も微力ながらお手伝いいたします」
フロンの提案に、俺は頷いた。
そして、テルさんも島に住む動物たちを守るためならと協力してくれた。
まず、洞窟にいる魔物を全部捕まえて外にもっていく。
卵が残っている状態だが、これで迷宮を作れるだろうか?
【迷宮候補地を発見しました。この場所に迷宮の基礎を作りますか?】
肯定した。
とたんに地鳴りが響く。
チキンバードたちは驚き空に舞った。
モトナリさんについては、成長チートの「ひよこ鑑別師」という話に名前だけ出てきています。
こっちに登場するかどうかは未定。




