第七十八話「海獣との別れと新たな出会い」
岩礁地帯の中心にある島に、小船。
あそこに誰か住んでいるのだろうか?
俺がいる島よりも小さそうだ。
しかし、俺たちがいる無人島と違い、あの島は草一本生えていないような岩場で、人間が生活できるとは思えない。
「どう思う?」
「遭難者でしょうか?」
その可能性は否定できない。
俺たちが乗っているより大きな船ではあるが、しかし大海原を移動するにはいささか心もとない感じがする。
漁師が使っている船にしては、ここから見る限り漁の道具のようなものは積まれていない。
つい先日、嵐があったばかりだし、近くで大型船が沈没して、小船で逃げ出してきた遭難者がいるのかもしれない。
しかし、そうなると厄介だな。
遭難者にとって、一番必要なのは飲み水と食料の確保。
飲み水があの島にあるかはわからないが、食料となるものがあるのはわかっている。
つまり、海獣だ。
遭難者に、この海獣の親が食べられていたら、俺たちはどういう気分で遭難者を助けたらいいんだ?
もちろん、遭難者を責めることはできない。
俺だって同じ立場だったら、自分の腹を満たすために近くにいる動物を殺すだろう。
現に、俺は自分とフロンの身を守るために、動物どころか人を死なせているのだから。
もう、せめてこの海獣の親だけが無事だったらいいなと、最低なことを思った。
「その子の家はあの島で間違いないんだよな?」
俺が尋ねると、うどんは海獣に確認を取ってくれた。
「ミューミュー」
「メーメー(あの島にある川を上っていったところだって)」
うどんの言葉をフロンとサンダーに伝える。
確かに川のようなものが見えるが、かなりの浅瀬で、船で川を上るのは無理そうだ。
上陸できるのも、いま船が止めている場所しかなさそうだ。
俺たちは無人の船の横に船を着けて、上陸した。
そして、謎の船の荷物を見た。
櫂と釣り竿、あと帆が破れたり船に穴が開いたときのための補修用の道具があるだけだ。
船は近くの岩に括り付けられていて、その縄は比較的新しい物であったらしく、偶然流れ着いたとか、何十年も前の船だとかそういう可能性はなさそうだ。
周囲には人の気配はない。
人がいるとしたら、島の中か。
「じゃあ、俺はここで昼寝でもしてるわ」
さっき一時間くらい寝ていたのに、サンダーはそんなことを言い出した。
「一緒にいってくれないのか?」
「船が盗まれたらどうするんだ? 見張りだよ、見張り。貝を土産に頼むわ」
盗むか?
むしろ、この謎の船のほうが船としては立派だ。
まぁ、でも船の持ち主がここに戻ってくるかもしれないし、ここに残る人は必要か。
見張りはサンダーに任せ、俺とフロンは島の奥に行くことにした。
陸上では、うどんは俺が、海獣はフロンが抱えて移動する。
海獣は川といっていたが、厳密には川ではなく、海水が流れ込んでいるだけの水路のようだ。
俺たちは水路沿いに歩いていくと、湖のようになっている内海があった。
「ミュー!」
海獣が声を上げた。
ここが海獣の家なのか?
「なるほど、ここなら海獣の天敵となるような鮫のような魔物は入ってこれませんし、小魚も多そうです」
「そうだな」
岩しかない島と違い、海の中は小魚が多くいるようだ。
それを知っているのだろう、海鳥も多く集まって、巣を作っている。
「ミュー!」
突然、海獣が暴れ出した。
「ミュー、ミュー!」
「メー(どうしたの?)」
「ミュー、ミュー!」
海獣が声を上げた。
それをうどんが翻訳する――前にそれは起こった。
突然、海面に五十は超える真っ黒いすべすべ肌の海獣がいろいろな場所から現れた。
どうやら、俺がここに来たことに気付いて隠れていたらしい。
もしかして、この真っ白いふわふわ毛の海獣の家族の方ですか?
うん、よく見たら、中に、白いふわふわ毛の子もいた。
どうやら、海獣の子の鳴き声を聞いて現れたらしい。
と思ったら、海獣の子供はフロンの手から抜け出て、海の中に飛び込んだ。
しばらく不安げに見守っていた俺たちだったが、二頭の海獣が海獣の子供に近付いてきて、優しく迎え入れた。
「ミュー」
「メー(よかったねー、バイバイ)」
うどんの言葉で判断するに、やはりあの二頭があの子の両親だったようだ。
感動の再会だな。
少し涙が出そうになる。
「メー(お礼に貝ちょうだい!)」
うどんのおかげで泣かずに済んだ。
この子凄いな、こんなときに催促できるんだ。
別に、俺たちが自分で獲ってもいいんだが。
と思ったら、海獣たちが口にくわえてフジツボのような貝をたくさん持ってきてくれた。
ありがたく、それらを袋に入れることにした。
海獣は子供だけでなく大人も人懐っこい性格らしく、うどん経由で撫でてもいいかと尋ねたら、快く受け入れてもらえたので、俺とフロンは大人の海獣を撫でさせてもらった。
大人の海獣は、見た目からしてすべすべしていると思ったのだが、少し脂っぽくてべったりしていた。
少し後悔した。
とりあえず、最初の目的は終わったな。
「ご主人様、どうやら遭難者はいないようですし、少し鳥を捕まえて、焼いて食べませんか?」
鳥か。牛肉やウサギ肉は魔物のドロップアイテムで食べているが、鳥肉はサンダーが捕まえてきたものを分けてもらうときしか食べられないんだよな。
海獣を殺されるのは嫌だと思ったが、鳥肉は食べたいと思っている。
それに、肉を焼いたら、その煙とにおいで、この島にいる人が現れるかもしれない。
「そうだな、鳥を捕まえて、サンダーのところに持って帰って焼くか」
「ここで鳥を捕まえるのはやめてもらえるかな?」
その声は突然聞こえた。
女性の声だが、しかし見当たらない。
いったいどこから?
と思ったら、岩の陰から一人の女性が現れた。
なんと、袴のような和装の女性だった。
ただ、髪の色が赤みを帯びているので、日本人ではなさそうだが。
「すまない、少し観察させてもらっていた。あのパウルワの子供を連れて来たのだな」
「パウルワっていうんですか?」
「知らずにつれて来たのか? パウルワは漁師にとって守り神と呼ばれているのだが」
俺たちは漁師ではないのでわからない。
「ええと、島につけてあった船はあなたのものですか?」
「そうだ。申し遅れた、私はテルと言う。動物学者をしている。あそこにいる鳥は、チキンバードと呼ばれる鳥でな臆病な鳥なのだ」
チキンって鶏だろ?
他の鳥で例えるのはどうなのかと思うが、黙って話を聞くことにした。
「外敵のいない場所でしか子育てができない。一度襲われたらその場所で巣を作ることができなくなる、臆病な鳥なのだ。当然、そんな場所はめったにないからな。幸い、ここにいるパウルワは魚しか食べないし、他に外敵はいない。ここはチキンバードにとって最後の楽園なんだ」
「では、ここで私たちが鳥を捕まえてしまえば」
「あの鳥たちはその楽園を追放されることになる」
そういう事情があったのか。
「すみません。何も知らなくて」
「申し訳ありません。すべては私が申し出たことで、ご主人様に否はありません」
「いや、怒ってもいないし、知らないのも無理はない。珍しい鳥だからな。話を聞いてくれて助かったよ」
テルさんはそう言って、俺たちを許してくれた。
どうやら、悪い人ではないようだ。
「あ、すみません。俺はジョージと申します。この子はフロンです」
「メー(うどんなの)」
「あ、こいつはうどんって言って、俺の従魔です」
「ん?」
テルさんは興味深げにうどんを見た。
「これは見たことがない亀だな。新種の魔物か?」
「ああ、一応スロータートルっていう種類の魔物なんですけど、ちょっと事情がありまして」
使い魔になると、魔物の見た目は大きく変わるからな。
「その事情にも興味が尽きないが、それより、君は私の服を見て驚いたようだが、この服に身覚え
があるのか?」
「え、ええ。俺の故郷の服に似ていまして」
「……もしかして、君はニホンジンなのか?」
「はい」
俺は素直に頷いた。
ブナンにも一度見破られたことがあるので、別に驚きはしない。
「テルさんはニホンジンを知っているのですか?」
「実は、私の父もニホンジンなのだ」
おっと、まさかの日本人の子供?
髪は赤色だから、こっちの世界の人とのハーフってところか。
「突然で悪いのだが、私は父を探して世界を回っている。名前は――」
テルさんは、お父さんの名前を俺に告げた。
それに俺は思わず息をのむ。
何故なら、俺はその名前を知っていた。
というか、日本人なら九割以上の人が知っている名前だったから。
毛利元就――戦国時代の有名な大名の名前だったから。




