第七十七話「うどんと海獣」
サンダーに船を出してくれないか頼んだところ、二つ返事で引き受けてくれた。
なんでも、海獣のいる岩礁地帯には、酒の肴になる貝が採れることが多いらしい。
俺、サンダー、フロン、うどん、そして海獣の五人(正確には三人と二匹)で岩礁地帯を目指すことになった。
元々小さな船だったが、三人乗ったらますます小さく感じる。
三人ということは、うどんと海獣は? というと、海にいた。
うどんの奴、淡水亀なのに、「メー、メー(海でも泳げるよー、船引っ張るねー)」といって力いっぱい船を引っ張ってくれている。
海獣はその甲羅の上にいて、うどんとなにやら会話を楽しんでいる。
おかげで、風の力だけで進むより速い。
「ミュー」
「メー(うん、そうだねー)」
「ミューミュー!」
こうしてみると、まるで兄弟や親子みたい……には見えないな。種族が全然違う。
しばらくすると、風のない凪の状態になってしまった。
こうなったら帆を操る必要もない。サンダーはやることがないと高いびきをかいて眠ってしまった。
俺とフロンは慣れない船で寝ることもできないし、釣りをしようにもこんな小船だと大物がかかったらひっくり返ってしまいそうなので、大人しくうどんと海獣を見て愛でることにした。
「仲がいいですね」
フロンがうどんと海獣を見て言う。
「うどんは使い魔の中でもムードメーカーなところがあるからな」
うちの使い魔に性格に応じたあだ名をつけるとすれば、テンツユはリーダー、マシュマロは曹長、ゴーヤは伍長で、うどんは末っ子だ。
なんとなく、うどんなら多少の悪戯をしても許してしまいそうな気分になる。
もっとも、うちのうどんは悪戯なんて全くしないいい子なんだが。
言うなれば、今回は『末っ子のうどんが、近所の赤ちゃんの面倒を見ることになったの巻』といったところか。擬人化してみるとかなり微笑ましい光景――いや、擬人化しなくても微笑ましいか。
少し前、日本の動物園で、ウリボーに乗った子ザルが話題になったが、それ以上に癒される。
「そういえば、ご主人様はあの子には名前をつけないのですか?」
「うちの子じゃないからな。名前を付けるつもりも付けてもらうつもりもないよ」
下手に名前を付けてしまえば、愛着が湧いてしまいそうになる。
そうなると、俺はきっと別れることになったとき泣くだろう。
一人だったらまだしも、フロンの前でガチ泣きは勘弁だ。
しばらく進むと、小さな岩が海面に出ているのが見えた。
目的地かと思ったが、まだ目的地ではないらしい。
ただ、このあたりにも海獣は親と一緒に泳いできたことがあるらしく、かなり近づいているとのこと。
「メー(少し休憩していい?)」
「ああ、勿論だ。お疲れさん」
うどんは岩の上に海獣を乗せると、自分もその岩に上って横に並んだ。
「ん? もうついたのか?」
いびきをかいていたサンダーが目を覚まして周囲を確認する。
「いや、まだだってさ。うどんが疲れたから少し休憩だ」
「そうか。よし――」
サンダーはそう言うと、何の説明もなく海に飛び込んだ。
サンダーの変な行動はいつものことだ。眠気覚ましでもしたのだろうか?
と思うと、すぐに上がってきて、船の中に魚を投げた。
こいつ、素潜りで、しかも素手で魚を捕まえてきやがった。
俺も子供のころ、ニジマスの摑み取り体験をしたことがあるが、それでもかなり大変だった。
海の中を自由に動く魚を簡単に捕まえるのは、その何十倍も難しい。
しかも、捕まえた魚は一匹ではなく、四匹もいた。
さらに海藻も掴んでいる。
「じゃ、飯にすっか」
サンダーはそう言うと、ナイフで魚の血抜きをし、三匹を自分の剣の上に並べた。
「焼いてくれ」
サンダーはフロンを見て言った。
「よろしいのですか?」
「ああ、いつもやってるから大丈夫だ」
「かしこまりました」
フロンは頷き、狐火を出す。
サンダーはその上に剣を当てて熱し始めた。
魚が焼ける匂いが漂う。
昔、農具の鋤で肉を焼いて食べたのがすき焼きの始まりと聞いたことがあるが、剣で魚を焼く戦士がいるとは。
「フロン、焼けるのに時間がかかりそうだが大丈夫か?」
「はい……魚が焦げてしまわないように火力の調整に気を使いますが、だいぶ慣れてきました」
魔物と戦う上ではあまり必要にないスキルが身に付きそうだ。
「敵のゴブリンを焼いてくれ、焼き方はミディアムで!」なんて要望、一生出すことがないだろうし。
「よし、いい具合に焼けたな。ほら、これはお前の分だ」
サンダーはそう言うと、一番小さな魚を海獣に、海藻をうどんに投げた。
「ミュー!」
「メー!(ありがとまーす)」
うどん、サンダーには意味が通じないからって、「ありがとう」と「いただきます」を一緒にするんじゃないよ。
「ほら、お前らも食え」
「ありがとう」
「ありがとうございます」
俺とフロンは礼を言って、焼き魚を手に取った。
串には刺さっていないので、頭と尻尾を持ち、腹にかみつく。
新鮮な魚、しかも焼きたてと美味しい条件は揃っている。
そのせいで味のハードルが上がり過ぎたらしい。
微妙な気がした。
淡泊な魚で、よく噛むと味が出てくるが、しかし塩味が少し足りない気がする。
ただ、期待値を下回っているだけで、美味しいことには変わりない。
「うん、美味いよ」
「はい、とても美味しいです」
「そうか? 俺はもっと塩味が効いてたほうがいいな」
俺とフロンが褒める中、サンダーは思ったことを思ったまま言った。
俺が言わないように頑張ったのに。
まぁ、こいつが獲ってきた魚だから、文句を言っても誰も怒らないよな。
うどんと海獣の食事も終えたので、俺たちは出発することにした。
風が少し出てきたので、順調に進む。
太陽の位置以外、なんの目印のない大海原だが、海獣の帰巣本能とうどんの方向感覚で目的地に向かった。
そして、さらに三十分くらい進んだところで、目的の岩礁地帯が見えてきた。
「ん?」
岩礁地帯の近くに小さな島があるのだが、その近くに中型の船が止まっているのが見えた。
あんなところに人がいるのか?




