第七十三話「スライムホッケー」
細かい打ち合わせのあと、書面で契約を交わす。
一応、契約書にサインをする前に、音読して契約の内容を確認した。難しい言い回しが多いが、しかし内容に問題は見当たらず、サインをして無事に交易所開設の準備が終わった。
しかし、交易所で初年の純利益金貨三十枚――三十万センスか。
売り上げだけで金貨三十枚なら、なんとかなるかもしれないが、純利益となると大変そうだ。
迷宮の拡張は検討しなくてはいけまい。
最悪、今後はレアメダルをむやみやたらに使わず、売却することも視野に入れよう。
あのレアメダルは金貨一枚で取引されるそうだから。
契約を終えた俺は、フロンと一緒にシャルさんの夫に会いに行くことにした。
その移動中、聖光石の値段について尋ねる。
その鉱石は金より価値が高いらしく、購入しようと思えば金貨十枚は最低でも必要だそうだ。しかも近年は需要が高まっているらしく、お金があっても買えるかどうかは別の話となりそうだ。
浜辺には以前クラリスさんたちが乗ってきたサイズの船が停められ、以前ガメイツがコテージを建てていたところに、家を建てるための資材が置かれていた。
それを運んでいたのは、やはり小学生くらいの見た目の男の子だった。
「あなた、こちら、領事のジョージ様とフロン様です」
「……ライナだ。よろしく」
「すみません。夫は寡黙でして」
不器用な男という感じで自己紹介をしたライナとそれをフォローするシャルさん。
……おままごとをしている子供にしか見えないが、しかし力はあるらしく、大きな資材を楽々と運んでいた。
「はじめまして。この島の発展のために今後とも宜しくお願いします」
「ああ、妻のためになるなら協力はさせてもらう」
不器用で愛妻家なのか。
小さいのにしっかりしてるな――たぶん年上だけど。
「よかったらなにかお手伝いしましょうか?」
「いや、必要ない。直ぐに終わるものではないし、休憩をはさみながらゆっくりするつもりだ」
確かに、資材の数や種類を見ると、簡易のコテージと比べて遥かに多い。
この島で本格的な建造物第一号となりそうだ。
確かに、素人が下手に手を出していいものではなさそうだ。
「わかりました。それでは、太陽が沈んだ頃、二人を歓迎するための食事を用意させていただきます。よかったら広場にお越しください」
俺はふたりにそう言った。
まぁ、肉とキノコなら大量にある。パンは魔石と交換すればいい。
問題は――
「そういえば、お二人はお酒は飲みますか?」
「はい、大好物です」
「……僕も好きだ」
やっぱり歓迎会には酒は必要だよな。
サンダーは絶対飲むだろうし。
宝箱の中から新たに出た薬草酒はあるにはあるが、あれは食事用の酒ではない。
魔石も残り少ないから節約したいが、せっかくの歓迎会だしな。
日本にいた頃は、上司からの飲みの誘いは正直イヤだったが、しかし親睦を深めるためにお酒が有効的な点もある。飲みにケーションも時と場合においては有効だ。
よし、奮発するか。
「では、いくつか準備しておきますね」
俺はそう言って、浜辺を去った。
そして、夕食の準備をしようかと広場に戻ったその時だ。
警報音が響いた。
「ご主人様、この音は?」
「レアモンスターだ」
俺は地図確認から魔物の居場所を確認する。
二階層に見たことのない魔物の名前があった。
【銀スライム――2―D】
おぉ、名前だけ聞いてもかなりレアそうなスライムだ。
「フロン、銀スライムって知ってるか?」
「申し訳ありませんが存じ上げません」
「そうか――まぁ、二階層の魔物なら問題ないだろ」
俺はそう言うと、部屋で休んでいたうどんを連れて二階層に向かった。
※※※
「フロン、そっちにいったぞ!」
「ダメです、抜けられました」
「メー(まてまてー)」
俺、フロン、うどんは二階層を走り回っていた。
近付くまで動く気配のなかった銀スライム――名前の通り銀色のスライムは、俺たちが近付いた途端、急に滑りだした。
その速度は、まるでエアホッケーの円盤だ。
素早く動き、壁にぶつかっては跳ね返り、二階層全体を縦横無尽に動き回る。
とてもではないがおいつくことのできない速度。
フロンも何度か狐火による遠距離攻撃で倒そうと試みたが、命中しなかった。
俺も全然役に立たない。
「うどん、バブルボムだ!」
俺はポ〇モントレーナーのようにうどんに指示を出す。
「メー(いくよー)」
うどんはそう言って、銀スライムの進行方向に無数の泡を吐き出した。
よし、これなら――
――パパパパンッ!
破裂音とともに、滑っていた銀スライムに命中する。
これで気絶してくれたら俺の勝ちだ。
そんなことを考えていた時代が俺にもありました。
しかし、銀スライムはバブルボムの衝撃を無視して前に進んだ。
もしかして、メタルなスライムには魔法が効かないというあれのせいか?
バブルボムは魔法じゃないけど。
ん……魔法?
そうだ!
俺は銀スライムを追いかけた。
当然、俺の足では追いつけないが――
「ストーンスパイク!」
魔法を唱えると、ボコっと音がして石が生み出された。
銀スライムの進行方向に。
銀スライムは石にぶつかり、まっすぐこちらに跳ね返ってきた。
俺の作戦勝ちだ。
「チェストっ!」
俺はそう叫んで手斧を振り下ろした。
――ミス。
タイミングが合わず、俺の股を通り抜けていった。
……かなり恥ずかしい。
結局、俺たちは散々振り回された。結局、面倒になった俺はテンツユを呼んできて、退治してもらった。
テンツユ、普通に銀スライムに追いついて殴り倒していた。
俺たちの苦労っていったい。
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