第六十九話「坑道のアイアンゴーレム」
「この坑道になにか生息しているらしいんだが、まだゴブリンがいるのか?」
元々ゴブリンが掘った坑道なら、ゴブリンが棲んでいても不思議ではない。
ゴブリン相手なら、サンダーだけで対処できるだろう。
「一年前に冒険者ギルドで調査したときは魔物はいないって話だったぞ?」
「だけど、魔物がいるから迷宮を作れないみたいなんだ」
これまでこのメッセージが出たのは二回。
一回目はドラゴンが、二回目はゴブリンとゴブリンキングが棲んでいた。
「魔物が移り住んだのでしょうか?」
「その可能性があるな――ジョージ、灯りになるものはなにかあるか?」
「いや、消えない松明は迷宮の中でしか作れないし、外に持ち出すと結構すぐに消えるからな」
「それなら、私が狐火を出しましょう」
フロンがそう言って、狐火を生み出す。
いつもより明るい、青い炎だ。
常に出し続けることもできるのか。
「フロン、MPは大丈夫なのか?」
「常にMPは消費されていきますが、レベルも上がっていますので、一時間くらいなら大丈夫です。ただ、狐火を使っている間は他のスキルは使えませんので、サンダー様、戦闘はお任せします」
「おう、任せておけ。ジョージはここで待ってるか?」
「そうだな……」
となると、俺はここで待機をした方がいい……いや、万が一のことを考えてみろ。
吊り橋効果という恋愛用語がある。
危険な状態を共有した男女は恋に落ちやすいという話だ。
フロンに限ってサンダーに恋するようなことはないと思うが、しかし、そのような経験を何度も積み重ねることにより、心が僅かに傾く可能性はある。
それに――と俺は振り返った。
背後はうっそうと茂った森が広がっている。
藪を突けば蛇かゴブリンかが飛び出してきそうだ。
こんな場所で探索を終えるふたりを待っているとするのなら、サンダーと一緒に入った方がマシな気がしてきた。
「俺も一緒に行くよ」
「わかった。じゃあ行くぞ」
俺たち三人は坑道の中に入っていった。
長い道が進んでいる。造りも頑丈そうで、これなら落盤の心配は無さそうだ。
「木に塗られているのは漆みたいだな……防腐剤代わりか」
俺は天井や側面に張られている木を見て思わず言った。
日本でも観光名所になっている廃坑はいくつかあるが、この坑道も暗闇であることを除けばそれと同じくらい歩きやすい。
日本にも鉱山として稼働している山がいくつかあり、有名なところでいえば、鹿児島の菱刈鉱山だろうか? あそこの坑道の長さは全長百キロ以上あると言われている。
さすがにそこまでの広さはないだろうが、しかしかなり長い。
しかも、結構複雑に入り組んでいる。
途中でサンダーが目印として赤い標を壁につけているが、それを見失ったら元の場所に戻ることはできないだろう。
「フロン、魔力は大丈夫か?」
「はい、大丈夫です」
「嬢ちゃん、MPの三分の一を消費したら言え。そうなったら引き返すからな」
サンダーにそう言われ、フロンは頷いた。
そして、サンダーは言う。
「しかし妙だな」
「妙って?」
「この坑道、やけに綺麗なんだ。さっきジョージも言っていた木の塗料――最近塗りなおされた形跡がある。最近といっても数年以内ってところだが」
「誰かが管理しているってことか?」
「だな。しかし、ゴブリンたちにここまでの管理ができるとは思えない。人が住んでいるにしては火を使った跡がない」
「私のように魔法の光を使っているのでしょうか?」
「魔術師は貴重だぞ? そんなやつがわざわざこんな坑道を管理するとは思えないよ」
「魔術師が貴重……じゃあ、俺が石魔法を使えるのも貴重なのか?」
俺がそう尋ねると、俺の魔法の威力を知っているサンダーとフロンは押し黙った。
やっぱり、ただ地面に石を出すだけの魔法はダメなのか?
実はこの石魔法、結構便利なんだぞ。
迷宮の壁に石を出して、ボルダリングとかできるんだから。
ただ、落ちたら怖いので崖とかを登る時には使わないけど。
「待て――なにかがやってくる」
サンダーが小声で俺たちを止め、太刀を抜いた。
俺も一応石斧を構える。武器としてはほとんど使えないが、ないよりマシだ。
なにか赤い光の玉が近付いてくる。
やはりフロンが言っているように、魔法の光を使っている魔術師だろうか?
相手にはフロンの狐火が見えているはずで、こちらに向かって近付いてくる。
「ロボットっ!?」
俺は思わず叫んだ。
全身パワードスーツみたいな奴がいたのだ。
顔の中心に窪みがあり、その奥が赤く光っている。
さっき見えた赤い玉の正体があれか。
「ちっ、アイアンゴーレムだっ! くそっ、逃げるぞ」
「その太刀で切れないのかっ!?」
俺は我ながら無茶なことを言っていると思いながらサンダーに言った。
「斬れないことはないが、刃こぼれが凄いことになるからトニトロスに怒られるんだよ。ただでさえ、ドラゴンと戦ったときに太刀が一本、使い物にならなくなってるんだからな」
「一本ダメになってるならもう一本いいだろ」
「バカ言え、アイアンゴーレムが一体とは限らないだろ。ここで倒して別の場所で挟み撃ちになったらどうするんだ」
サンダーは俺が思っているより考えているようだ。
しかし、このままだと追いつかれる。石で転ばせるか?
いや、あの鉄の足なら転ぶどころか石を砕きそうだ。
――そうだ!
「ストーンスパイク!」
俺は魔法を放った。
ストーンスパイクは普通の生物の上、例えば俺の頭の上とかに作ることができない。
しかし、奴は鉄の塊、もしかしたらと思った。
それは正しかった。
突然、アイアンゴーレムが暴れだし、壁に激突し、動かなくなった。
「何をしたんだ?」
「窪みの中に石を作った。赤い玉がセンサーみたいだったから、目が見えなくなるかなと思って」
「なるほど、ゴーレムにとっては防ぎようのない目くらましだ」
「流石です、ご主人様」
「そうおだてるなって。それで、ゴーレムは倒せたのか?」
「いいや、まだ動けるはずだ」
とサンダーが言った途端、アイアンゴーレムは立ち上がると、窪みにある石を取り除こうと手を動かした。
しかし、俺の石は完全に固定されている。砕くことはできても取り除くことはできない。
すると、アイアンゴーレムは壁に手を当て、迷宮の奥に戻っていった。
どうやら、手探りで進んでいるらしい。
「いまのうちに出るか?」
「いや、後をつけよう。これだけ複雑な坑道とは思わなかった。奴の待機している場所の把握をしておきたい」
「……わかった」
俺たちはアイアンゴーレムを尾行するために坑道の奥へと進んでいった。




