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第六十八話「サンダーとガモン翁」

 海に来た俺が見たのは、狼煙をあげていたサンダーが、見知らぬ白髭の爺さんと酒を酌み交わす光景だった。海の向こうに船が見えるが、船首が島と反対方向を向いているところを見るに、どうやらあの船はこの爺さんを島に届けるだけで去っていったようだ。


「お、来たな。ガモンじい、こいつが領事館の代表のジョージだ」


 サンダーが俺に気付いて手を振りながら、紹介するとガモン翁と呼ばれた人は俺を見て手を上げた。


「おぉ、噂には聞いておるよ。儂はガモン。鍛冶師をしている。暫くこの島に厄介になろうかと思っておる。ブナンの小童こわっぱが使っていたコテージを使わせてもらうことになったからよろしく頼むよ」


 どうやら、このガモンはブナンやサンダーとは昔ながらの知り合いらしい。クロワドラン王国の人間なのだろうか?


「ガモンさんは鍛冶師なのですか?」

「うむ、かつてはドワーフの里で修行をしたこともある」


 ドワーフの里――そうか、この世界にはドワーフもいるのか。

 ガモンの見た目背も低く髭が長いのでドワーフに見えなくもないのだが、彼は人間族だそうだ。


「なぜ鍛冶師がこの島に? 鍛冶場も鉱山もありませんよ」

「なに、ただ面白そうな場所があると聞いたから来ただけだ。『歌声は無職の子供を迷宮に誘う』と言うであろう」


 言うであろうと言われても、こちらの世界のことわざはまだほとんど知らない。子供が無職なのは当然じゃないだろうかと思った。

 ちなみに、意味は『好奇心は猫をも殺す』と同じらしい。


「ガモン翁、それじゃ悪い意味になるぞ? それを言うなら、『血で汚れなければ浄化クリーンは覚えられない』だろ」


 浄化クリーンは迷宮踏破ボーナスで稀に覚えることができるという物や体を綺麗にできる魔法だ。

 浄化クリーンを覚えるには、血で汚れる覚悟を決めて迷宮に潜らなければならないという話だ。どことなく、『虎穴に入らずんば虎子を得ず』と似ている。

 どの世界にも似たようなことわざはあるものなんだなと、ちょっと感心した。


「坊主、鍛冶場を広場の近くに勝手に作ろうと思うのだが、構わないな」

「ええ、問題ありませんが……一人で作れるのですか?」

「なに、一週間もあれば仮の寝床と作業場くらい作れるさ。道具も持っているからな」


 さすがは職人だ。

 俺も迷宮の中に光を遮る屋根と壁のある寝室を作ろうとしているのだが、全然うまくいっていない。


「それまではブナンさんが建てたまま残していってくれたコテージに泊まってください。近くにありますから」

「うむ、そうさせてもらおう。ほら、サンダー。荷物を運ぶのを手伝わんか」

「わかったよ、ガモン翁」


 サンダーはそう言って、海岸に置かれた大量の荷物を持ち上げた。

 俺たちも手伝いを申し出て、テンツユを含めて全員で荷物を運ぶ。


「そういえば、この荷物を運んできた船は誰の船なんですか?」

「あれは海賊の船じゃよ」

「海賊っ!?」


 俺は思わず荷物を落としそうになった。

 海賊って、人を運ぶようなことをしてくれるのか? アニメのニャーピースじゃあるまいし。


「海賊っていっても、クロワドラン王国の船だし、ほとんど漁師みたいなもんだ」

「え? どういうことだ?」


 サンダーの言っている意味がわからず、俺は思わず聞き返した。


「この海域はクロワドラン王国とトドロス王国の海域だが、どちらの国にも属さない船ってのが結構通っているんだ」

「冒険者ギルドの船みたいな?」

「いや、あれは一応クロワドラン王国のギルド支部の船だから、うちの国の船だ。そうじゃなくて、密輸とか他の軍船とかそういう船だな。ガモン翁が言った海賊っていうのは、そういう船を襲ってもいいと言われている奴らの俗称だよ」


 どうやら、イギリスの私掠免状を持っている船みたいなものらしい


「あれ? でも領事館を置かないと、海賊島と間違われて襲われるとか言ってなかったか?」

「そっちは職業が海賊の犯罪者集団だな。名前は同じだがまったく別の奴らだよ」

「ややこしいな」

「さらにややこしい話があってな、トドロス王国の海賊っていうのは、職業が海賊の犯罪集団が、国に認められて私掠免状を持っている場合があるんだ。使える者は犯罪者でも使えって感じでな」


 サンダーがため息をついて話した。

 なにか嫌な思い出でもあるようだ。


「そうだ、坊主に相談があるんだが、後で話せるか?」


 サンダーが小さな声で俺にそう尋ねた。たぶん、ガモンには聞かれたくない話なのだろう。俺もそれに合わせて小声で応じる。


「相談? サンダーから相談は珍しいな。なんだ?」


 サンダーには、あの事件の後、ブナンと同様俺の能力について既に明かしている。

 それに関することなのだろうということはだいたい想像できた。

 だが、それが具体的になんなのかはまだ見当がつかない。


「実は、迷宮をひとつ作ってほしいんだ」


 思わぬ要望に、俺は目を何度か瞬きさせた。


   ※※※


【迷宮候補地を発見しました。この場所に迷宮の基礎を作りますか?】


 その言葉を頭の中で聞き俺は頷いた。


「確かにここは迷宮になりそうだな」


 荷物を運んだあと、サンダーが案内してくれたのは島の北東部にある古い坑道だった。昔、海賊が住んでいたことは知っているがこんなものまであるとは思わなかった。


「かなり古いもののようですね。海賊たちがこの島を根城にするより前の坑道でしょうか? だとすると、海賊以外にもこの島に人が住んでいたことになりますが」

「これはゴブリンが掘った穴らしい」

「ゴブリンの巣っ!? それにしては立派だな」

「ゴブリンの中には、たまに賢者と呼ばれる人間以上に頭が回るゴブリンが生まれるんだ。そいつが掘らせたそうだ。野生のゴブリンたちが持っている武器の中に、金属製の武器があっただろ? あれは元々海賊が使っていた物だけでなく、ここで掘られた鉄鉱石から作った鉄で作った武器も混ざっているらしい。もっとも、賢者が死んでから武具を作る技術は愚か、既にある武具を手入れする技術すら失われたようだがな」

「そうなのか。じゃあここに迷宮を作りたいのは?」

「坑道から迷宮を作れば、鉱石を落とすゴーレム系の魔物が現れるかもしれないだろ?」


 やはり、ガモンのためか。

 フロンがふっと微笑み、


「優しいですね、サンダーさんは」

「よせよ、嬢ちゃん。ただガモン翁にはいろいろと恩が溜まってるから、いまのうちに纏めて返しておこうと思っただけだ」


 珍しくサンダーが照れた。

 そうかそうか。

 サンダーの敬老精神を尊重し、さっそく迷宮を作るとするか。


【脅威となる生物がいるため、迷宮の基礎作りに失敗しました】


 あ、うん。やっぱりそううまくはいかないよな。

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