第六十四話「うどんの一日」
うどん視点の物語です
僕の名前はうどん。
スロウタートルという名前の魔物らしいけど、迷宮で見かけるスロウタートルとは全然違うんだ。
使い魔という、本来の魔物の枠から少し外れた存在らしい。
生まれたときからそのことは理解していた。
僕は太陽が昇ったくらいの時間に目を覚ます。僕たち使い魔は送還されたら体力とか眠気とか全部回復するんだけど、最近はこっちの世界にいるようにしている。
水が好きなので、水飲み場でいつも寝ている。気付いたときは狐耳のお姉さん――ご主人様の恋人のフロン様が朝の身支度をしていた。
「メー(おはよー)」
僕が声をかけると、フロン様は笑顔で「おはようございます」と声をかけてくれる。テンツユ先輩から教えてもらったんだけど、フロン様は僕たちの言葉のうち、挨拶くらいは理解できているらしい。ご主人様は僕たちの言葉をほぼ全部理解してくれているらしいんだけど、テンツユ先輩にもその理由はわからないらしい。
ご主人様だからだろうってテンツユ先輩は言っていた。
変なの。
「メー(ちょっとでかけてくるねー)」
「はい、いってらっしゃい。うどんちゃん」
僕はフロン様に見送られて、階段を登っていった。一段一段は僕の高さの半分くらいあるけれど、ランク2の僕にかかったら三段跳びも余裕だよ。
でも、調子に乗って階段から落ちてひっくり返ったことがあった――あの時は元の体勢に戻るのに苦労した――から、今日は一段跳びで勘弁してあげるね。
階段の外には広場って呼ばれる場所がある。
僕はここで甲羅干しをする。
「メー(眠たくなってきたー)」
二度寝しようかなって思っていたら、誰かの気配がした。
一応警戒したけれど、その必要はなかったみたい。
現れたのは青スライムのマシュマロ先輩だった。
「ピ、ピー(うどん、寝てるっすか?)」
「メー。メー(マシュマロ先輩だ。まだ起きてるよ)」
僕は顔を出して答える。
「ピー(仕事は?)」
「メー(今日はゆっくり)」
僕たち使い魔は、現在一日六時間勤務。一日のうち四分の一働くことになっている。
ご主人様が、
「いまはなにもないし、使い魔だからってブラック企業並みに働かせると申し訳ないからな」
と言ってそう決めたの。でも、ご主人様は逆に一日の半分以上働いている。使い魔より働くご主人様って少し変な感じ。
「メー(マシュマロ先輩は?)」
「ピーピーピー(テンツユ先輩に報告があるっす。それに、ご主人様の顔を見たいっすから。ご主人様、褒めてくれるかなっす)」
マシュマロ先輩は普段はゴブリンが発生する砦型の迷宮でゴブリン退治の仕事をしている。いまではゴブリンが発生すると同時に退治しているから、ご主人様が「『ゴブ・即・斬』だな」って言ってた。意味はわからないけどカッコいいよね。
「メ、メー(でも、ご主人様寝てるから起こさないようにね)」
「……ピーピー(……また徹夜で仕事っすか。本当に働き者っすね)」
起こさないように寝顔だけ見てくると言って、マシュマロ先輩は階段を滑るように降りていった。落ちていったというほうが正しいかな。
うーん、一生懸命働いたら、ご主人様が褒めてくれるのかな?
じゃあ、僕も迷宮に行こうかな。
僕はそう決めると、迷宮の三階層に向かった。
カンっ!
アルミラージの角が僕の甲羅に当たった。
全然痛くないけど、頭がくらくらするよ。
僕は頭と手足を甲羅の中に入れて、アルミラージの攻撃に耐えていた。
アルミラージは、攻撃をしかけるときは助走をつけるから、一度攻撃をすると隙ができるんだ。
だから、一度甲羅で角を受け止めてから、
「メーっ!(こうげきーっ!)」
体当たりで攻撃をするのがセオリーなんだ。
でも、僕の体当たりじゃ一撃で倒せない。
体当たりされたアルミラージは怒ってもう一度角で突撃をしてくるから、僕は甲羅に籠もってそれを受け止める。
そして、もう一度体当たりしてアルミラージを仕留める。
倒れたアルミラージは、角と魔石を落としたけれど、すぐに消えてなくなる。
ご主人様のところに送られるんだって。
だから、僕たち使い魔はなにも運ばなくていい。とってもラクチン。
僕はそう言って、足下に生えている草を食べる。
迷宮の草は栄養豊富ですぐにお腹いっぱいになるけれど、味はいまいちなんだよね。
あれ、誰か来た。
また魔物かな?
あ、違った。歩きキノコのテンツユ先輩だ。
テンツユ先輩は、僕たち使い魔の中で最古参の存在で、ご主人様の右腕的な立場だ。
ランクも一人だけ3と、僕たちの一歩上を行っている。
「メー(おはようございまーす)」
「キュー?(もう夕方だよ?)」
「メー(そうなの?)」
迷宮の中は時間の感覚がわかりにくい。
もう夕方だったんだ。
うーん、六時間働いたのかな?
「メー(ご主人様起きてた?)」
「キュー。キュー?(うん、起きてたよ。挨拶してきたら?)」
「メー(うん、してくる)」
僕はテンツユ先輩にお礼を言って、階段をあがっていく。
ご主人様に褒めて貰えるかもって思って階段二段跳びだ。
「キュー(罠に気を付けてね)」
「メー(はーい)」
僕は階段を上がっていく。
ご主人様は広場で晩御飯の準備をしていた。
フロン様の方が料理は得意だけど、得意な人にすべて任せていたら成長できないからと言って、五日に一回はご主人様が料理を作る。
「メー(ご主人様ー)」
僕はご主人様の足下に近付き、顔を擦り付けた。
今日の成果を褒めて貰おうと思ったんだ。
「お、うどんか。海草食べるか?」
「メー(食べるー)」
「よし、待ってろ」
ご主人様はそう言うと、干した海草を、欠けたお皿の上に乗せて僕の前においてくれた。
僕はそれを喜んで食べる。
迷宮の草と違って海草はとってもおいしい。
ご主人様がくれた海草だからさらにおいしい。
「うどんはのんびりしていてかわいいな」
ご主人様はそう言って僕の甲羅を撫でてくれた。
あれ、僕ってのんびりしているかなー?
でも、ご主人様が撫でてくれるからそれでいいや。
幸せだなぁ。




