第六十話「魔物使いの覚悟」
俺たちは六階層に向かった。
六階層は生えている木の本数が多くなっている。
目的の場所に向かうまでに接触する魔物はミノタウロスという魔物だ。二メートル級の斧を持った敵だ。
奴は俺を見るなり、まっすぐこちらに向かって走ってきた。
「ストーンスパイクっ!」
奴の足下に石を設置――ゴブリンであろうとミノタウロスであろうと二本足で走る者にとって突然足下にあらわれた石に躓くのは同じこと。レベルが上がってきたためだろうか、石の大きさも少し大きくなっていたのも大きい。
ゴブリン王と違い、奴は倒れることはなくわずかに体勢を崩す程度だった。
だが、それで十分だ。
なぜなら躓いたところに飛び出す槍を設置していたから。
ミノタウロスが飛び出してきた槍によって串刺しになった。
【ジョージのレベルが上がった】
自分で倒した魔物でレベルアップをするのは久しぶりな気がする。
そして、俺は目的地に行く前に、
「ついた、ここだ!」
俺は地図を確認してから、モニターを見た。
うどんのバブルボムのせいでぐったりしていた狼たちの意識が覚醒したらしい。
部屋の隅にいる魔物使いの元に掛けよろうと、必死になって縄を引っ張っている。
このままだとマンドラゴラを抜いてしまうのは時間の問題だ。
「フロン、打ち合わせ通りに行くぞ――」
「はいっ!」
俺は早速行動を開始した。
【落とし穴設置!】
五階層――マンドラゴラのいる部屋に落とし穴を設置した。
と同時に、俺たちの目の前の部屋に針が現れ、天井に穴が開いた。
そう、ここはマンドラゴラが生えている――つまり魔物使いたちがいる部屋の真下だ。
「フロンっ!」
俺はフロンの名を告げ、財宝一覧から亀の甲羅を取り出すと、針山の上に放り投げた。
「はいっ!」
肩に縄を巻きつけたフロンが亀の甲羅の上に乗り、そこからさらに天井に空いた穴に跳んだ。
しかし、天井の厚みが思ったよりあり、このままでは五階層の床にフロンの手が届かない。
「ストーンスパイクっ!」
俺は咄嗟に天井の側面に石を作りだす。
フロンはそれを手で掴んだ。
「風刃っ!」
彼女は鉄扇を振るい、即座に風の刃で狼が引っ張っていた縄を切り裂いた。
「ご主人様っ!」
「サンキュー!」
フロンが下ろした縄に捕まり、俺も五階層に上がった。
傭兵たちは離れた場所にいるので、まだ俺たちがここに来たことには気付いていないようだ。
「手早く頼む」
「はいっ!」
フロンが魔物使いの手当をしようと男に近付いた――その時、狼がフロンに噛みつこうと襲い掛かった。
「危ないっ!」
俺は咄嗟にフロンを庇って飛び出した。
「ぐっ」
「ご主人様っ!?」
「大丈夫だっ……大きな声をあげるな」
本当は全然大丈夫じゃない――骨まで貫通してるんじゃないだろうかと思うくらいの激痛だ。だが、俺はそのまま自分に噛みつく狼を抱えて抑え込んだ。
フロンが急ぎ、魔物使いの猿轡を外す。
もがもがとしていた魔物使いの男は猿轡を外されると、
「お前らやめるんだ……その人たちは悪い人じゃない」
「「くぅぅん」」
狼が可愛らしい犬のようになり、俺の傷口を舐めてきた。
やめてくれ、傷が痛む――舐めないでくれ。
「ご主人様、先に治療を」
「……先にそっちの男を頼む。俺は本当に大したことは――あぁ、大丈夫だ」
激痛に耐えながらフロンにそう言った。
フロンは少し渋った表情を浮かべたが、先に気功を使い、魔物使いの治療を始めた。
「なんで俺のことを助けるんだ? あんたたちは敵だろ……」
「ご主人様は慈悲深い方ですから」
「慈悲深い……か」
魔物使いはそう呟くと、天を仰いでむせび泣いた。
そして、なにか小さな声でフロンに囁く。
俺はその間に考える。
さて、あの男たち相手に俺はどうすればいいのか?
こちらから手を出さないという約束はしているが、しかしこの足だ。逃げるにしても限度がある。敵は残り五人もいる……ここでなにかひとつ手を考えたい。
「なぁ……ジャーマン……お願いがあるんだ」
「お願い? なんだ?」
まさか、ここで自首して捕まれっていうのなら絶対にごめんだぞ。
「お前も魔物使いなんだろ? その狼はケルとベルという名前なんだ……可愛がってくれ。ケル、ベル、その男がお前たちの新しい主人だ。いいか、絶対に言うことを聞くんだぞ」
魔物使いの男はそう言って、ケルとベルという名前らしい狼の頭を撫でた。
は? なにを言っているんだ?
「……ご主人様、失礼します」
フロンはそう言うと、俺の足の治療を始めた。
「フロン、どうしたんだ? 治療はまだ終わっていないだろ」
「すみません……ご主人様……」
「フロン……?」
「ご主人様の作戦はとても素晴らしかったです。足りないのは私の力だけです」
彼女はそう言って、俺の脚に気功による治療を開始した。
ゆっくりと傷口が塞がっていく。
「私の気功はとても回復速度が遅いのです。そのため、傷が深すぎると回復速度よりも生命力が失われる速度のほうが早まってしまうのです」
「お前……まさか……」
「彼の名前はマシューというそうです。マシュマロと似ていますね」
「…………」
「彼はもう助かりません……」
俺はなにも言えなかった。
俺の脚の治療を終えた俺とフロンは、ケルとベルを連れて六階層に向かった。
モニターで五階層の部屋を映し出し、静かに待った。
そろそろマンドラゴラが抜けたころかと傭兵たち五人が戻ってきた。
『どうなってやがるっ!? 狼どもはどこにいった』
『通路は俺たちが見張っていた。逃げる場所なんてなかったはずだろうが』
傭兵たちが騒ぎ出す。狼が突然消えたことが信じられない様子だ。
『はん、お前たちに言うわけないだろ』
マシューがそう叫ぶ。その手にはマンドラゴラの頭が握られていた。
『お前、まさか――』
『やめろっ!』
俺は音が聞こえないように、モニターを閉じた。
俺はケルとベルの頭を撫でて言う。
「ごめん……ごめん…………」
「ご主人様……」
フロンが俺の手を握る。
俺たちは五分後、モニターを開く。
映っていたのは、マシューと、五人の傭兵の惨殺体だった。




