第五十五話「傭兵たちの災難」
傭兵たちが迷宮の中に入ってくる。
水飲み場で何人かが喉を潤していた。三階層までの地図があるのだろうが、階段の方にはいかず、まずは俺たちのいる部屋へと向かった。逃げ場がないようにしらみつぶしに探すらしい。
ベッドの布団を捲りあげ、木の箱の中を漁る。
残してきたのはガラクタばかりだが、自分の寝所を荒らされるのは見ていて気持ちいいものではない。
『ちっ、獣人のくせに俺よりいいベッドで寝てやがる』
『一緒にいたジャーマンが毎晩宜しくやるためだろ』
『セリコンか? やだやだ』
セリコン? なんかうちの取引先の製材所でそんな道具があるって聞いたことがあるけど、絶対意味が違うよな。
「セリコンってどういう意味だ?」
「獣人の蔑称にセリスロという言葉がありまして、セリコンというのは獣人が好きな人のことを言います」
「悪い……変なことを聞いた。あぁ、俺はフロンが好きなのは、別にフロンが獣人だからというわけじゃないからな」
「違うのですか?」
心底意外そうな目でフロンが尋ねた。
「俺のことをそういう風に思っていたのか?」
「……申し訳ありません。ご主人様が私の尻尾や耳が好きだったので、そうなのだと勝手に思っていました」
「……それは……いや、尻尾と耳はフロンの魅力のひとつであって、それだけで好きというわけじゃない。俺はフロン以外の尻尾や耳には興味ないからな」
心の中で、「たぶん」と付け足した。
俺たちがそんな話をしている間に、傭兵たちは倉庫を見ていた。
部屋の奥の倉庫もいろいろと荒らしてくれている。アルミラージの角を根こそぎ袋につめていた。要らないと思ってそのままにしていたが、さっき金になるって言っていたもんな。失敗した。
って、それ、普通に窃盗だからな!
あとで返してもらうぞ。
『バカ、見つけたもん勝ちだ。これは俺のものだぞ』
『でも、これって泥棒じゃないのか?』
『どうせ殺すんだ。死人に口無しってな』
くそっ、好き勝手言いやがって。
でも、今は堪えるときだ。
泥棒傭兵たちは、奥の部屋にいった。
風呂はすっかり温くなっているので、全く興味がなさそうだ。
戻っていき、今度は歩きキノコのいる部屋へと向かった。
落とし穴は撤去しているので、普通に歩きキノコが部屋から出ている。
『おい、歩きキノコがいるぞ。さっきのやつか?』
『いや、普通の歩きキノコだ。無視だ、無視』
時間稼ぎになるかと思った歩きキノコもまったく意味をなさない。
一階層は結局二十分くらいで完全に踏破されてしまった。
奴らは二階層に向かった。
『おい、なんだこれ!』
『くそっ、ジャーマンとか言う奴の仕業だな。面倒なことをしやがって』
『壊せ!』
傭兵たちは階段の下のバリケードを壊し始めた。
俺たちが一時間かけて築き上げたバリケードが、斧と剣によって潰されていく。
あぁ、せっかく作ったのに。
結局、壊すのに十分もかからなかった。
『ああ、面倒だな。おーい、ジャーマン! どこにいるんだ! 出て来い!』
『大声を出すな、バカ』
『バカってなんだよ、バカ』
『おい、黙れバカ共。罠があるから気を付けろ』
斧を持っていた男が飛び出す槍の罠に気付いたようだ。
まぁ、バレバレだよな。
『飛び出す槍か? それとも飛び出る矢か? おい、ヤンチ』
『あいよ――』
ヤンチと呼ばれた男が石を投げた。
少し遅れて槍が飛び出す。
『こんな罠報告になかったよな』
『報告の必要なんてないだろ――って、待て! 息を塞げ』
『なんだ? 毒かっ!? くそっ、ジャーマンの仕業かっ!?』
傭兵たちが騒ぎ出した。
「気付かれたようですね」
「ああ、まぁ気付いても何人かは吸ったな」
テンツユに命じて、飛び出す槍の穴の中に眠り胞子をばら撒かせた。
槍が飛び出したら胞子が飛び散るという作戦だ。
一度使えば、二度目は警戒される方法だが、いまはこれでいい。
『隣の部屋に向かえ!』
舞い散る粉の正体に気付かない傭兵たちが左の部屋に向かった。
そこは青スライムが湧き出る部屋だ。
『おい、スライムだ! 誰か火を持ってこい!』
『ああ、こっちにある!』
男が消えない松明を取ろうとしたが、そうはさせない。
俺は消えない松明を全て撤去した。
『なっ! 松明が消えた!?』
驚いているが、本番はここからだ。
俺は奥の部屋を見た。
現在、奥の部屋ではスライムイーターが甘い匂いを出している。
もちろん、傭兵たちがいる部屋のスライムがスライムイーターのところに行くことはない。
だが、俺は予め設置していた。
天井に固定された消えない松明の台座。
そこには縄が吊るされていて、二つの亀の甲羅がくす玉のようになっている。
消えない松明の台座を消せば、二つの亀の甲羅は地面に落ちるだろう。しかし、台座に何かが吊るされている状態の場合、撤去することはできないようになっていた。
スライムイーターの真下に落とし穴を作れないのと同じように、使われている設備を撤去することはできないということだ。
だから、俺はあれを使うことにした。
「フロン、行くぞ」
「はい!」
俺は送信札を手に取った。
受信札とセットになっている、縄に巻きつけられた爆破札が爆ぜた。
その爆破札によって亀の甲羅が落ちた。
『おい、なんだ、今の爆発は』
『奥の部屋からだ!』
傭兵たちも爆発に気付き、奥の部屋に向かった。
そこで彼らが見たのは、亀の甲羅の中にいた青スライム八匹が、スライムイーターによって捕食される光景だった。
『こ、これは』
『や、やばい』
『に、に、に』
『『『『逃げろぉぉぉぉっ!』』』』
次の瞬間、スライムイーターから生えた八本の蔓が傭兵たちを襲った。
これから俺は絶対に見たくなかった、男だらけのスライムイーターの蔓プレイ及びストリップショーが始まることになった。おえっ。
傭兵の一人が言った。
『これもジャーマンの仕業というのか……奴は悪魔だ』
直後、そいつはパンツを剥ぎ取られた。
まさに阿鼻叫喚




