第五十三話「迷宮防衛戦開始」
迷宮第五層――いまにも俺たちが設置したバリケードは突破されそうになっていた。
正直いってピンチ――というより、よくここまで持ちこたえているという感じだ。
「うどん、持ちこたえろ! お前ならいける!」
「メーっ!」
「フロン、狐火はまだ無理か」
「すみません、クールタイムがまだ残っています」
くそっ、なんてこった。
まさか――ウサギがこんな凶暴化するなんて。
五階層にいるウサギたちから隠れるようにバリケードを築き、あとはガメイツの仲間が来るのを迎え撃つばかりだと思っていた矢先、アイドルラビットっぽい魔物が十匹も現れたのだから。
一匹一匹はレア種のアイドルラビットには劣るが、十匹揃っているときの奴らは凄い。仲間のワイルドラビットとアルミラージは統制がとれていてまるで軍隊のようだ。
ちなみに、名前は「アイドルGラビット」。驚くことに十匹揃って一体の魔物なのだとか。確実にエピックかレジェンドだろう。
こんなときにテンツユがいてくれたらなんとかなったかもしれないが、俺とフロン、うどんだけでは荷が重い。
『おい、坊主。聞こえているか。トドロス王国の船がさっき到着した。お前さんたちは迷宮に潜っていて、昼には戻ってくるだろうと伝えてあるが、昼までにお前たちが迷宮から出て来なかったら捜索を開始するそうだ――って聞いてるのか?』
「こっちは手が離せない!」
敬語を使う余裕もない。
俺もさっきから持ってきている石を投げているが、全然ダメージが通っていない。
「うおっ!」
アルミラージの角が板を貫通してきた。危なく突き刺さるところだった。
「なんかアイドルラビットが大量に現れたんだ」
『それ、エピックモンスターのアイドルラビット48じゃねぇか!?』
「48匹もいねぇぞ」
『46だったか?』
どこのアイドルグループだよ。
じゃあ、俺はいま、ウサギのオタ芸に殺されそうになっているっていうのか。
『とにかく、まずはそいつを倒せ! さもないと、坊主たち、本当にやばいことに――おっと、ガメイツの旦那が来た。健闘を祈る!』
そのとき、うどんに向かって一匹のアルミラージが突撃してきた。
「危ないっ!」
角が当たったそのとき、うどんは大きく後ろに飛んだ。
緑の甲羅の効果により、ダメージを無効化するかわりにノックバックしたのだ。
そして、ノックバックしたうどんはそのままバリケードに衝突して跳ね返り、アイドルGラビットの前に落ちた。
「うどん! いまだ、そいつを倒せっ!」
「メーっ!」
うどんはアイドルGラビットの一体に噛みついた。
その間に、フロンもまた狐火を放つ。
アイドルGラビット1体が倒れるごとに、他のウサギ系の魔物の力も弱まっていった。そして、なんとか今日最大の危機を乗り越えることができた。
「ふぅ、ウサギがカメに勝てるわけないだろ……やばかったけど」
【ジョージのレベルが上がった】
【迷宮師(神)スキル:迷宮管理Ⅲが迷宮管理Ⅳにスキルアップした】
お、レベルが20になって、迷宮管理Ⅳが手に入ったようだ。
少し嬉しい。
どうやら、アイドルGラビットはエピック種だったらしく、レアメダルが四枚手に入った。功労賞のうどんにあげたいところだが、先輩のマシュマロもまだランク2。新入りのうどんをランク3にするのはよくない。年功序列制度が崩壊しつつあるといっても、後輩に先を行かれる先輩の気持ちは俺にはよくわかるからな。
特に高卒で入社した俺にとって、後輩のほとんどは大卒で年上だったから余計に厄介だ。
と、前世の苦い思い出は忘れよう。
ちなみに、迷宮管理は――おぉ、これはいい!
なんと、迷宮内をモニターで見ることができるようだ。
試しにこの部屋を見てみる。
「ご主人様が二人っ!?」
フロンが現代にやってきた昔の人が、初めてテレビを見るかのような反応をした。
「これは離れた場所を見ることができる魔法のようなものらしい。今はこの部屋を見ているが、広場の様子も見れるぞ」
広場に切り替える。
焚火を囲って、肉を食べている男たちの姿が見えた。
バーベキューをしているのか。野菜も食べないと栄養バランスが崩れるぞ。
キノコを差し入れしてやりたい気分だ。
広場の端で、ちょっと小太りの男が、狼二匹に生肉を与えている。
こちらも聞いていた通り。
人数は合計十名。奇しくもさっき倒したアイドルGラビットと同じ数ってわけか。
武器は大半が剣だが、槍や斧を持っている奴もいる。いまだに石斧を使っている俺と違い、バトルアックスというのだろうか? 金属製の戦斧だ。
ブナンは昼過ぎにやってくるって言っていたが、いま食べているのが昼飯だろうか?
だとしたら、あまり余裕はない。
俺は通信札を手にとり、連絡を取る。
「聞こえるか? 聞こえたら返事をしろ、コードTNT」
『キュー』
「これより計画を開始してくれ! お前の無事を祈っている」
俺がそう言ったところで、通信札は灰となった。
テンツユはいま、迷宮の範囲外にいるから、様子は見えない。
だが、テンツユのことだ、きっとうまくやってくれるに決まっている。
テンツユをランク3にしたのはゴブリン退治のためではない――このためなのだから。
※※※
俺の名前はマーセ。傭兵ギルドに所属するCランクの傭兵だ。
そんな俺が、まさか無人島にやってきて、さらには迷宮に潜ることになるだなんて思ってもいなかった。迷宮で財宝荒らしをするのは冒険者の仕事であり、俺たち傭兵の仕事ではない。俺たちがするのは商人や貴族の護衛、または戦争で兵の代わりに働くことであり、魔物退治という狩人のような仕事は俺たちの領分ではないのだから。
しかも、依頼の内容は獣人の女と俺たちの雇い主を引き合わせることだなんて、子供のお使いみたいな仕事である。
ただでさえ獣人の女だっていうだけでも気が進まないのに、傷つけずに捕まえろなんて言われたらさらにやる気が出ない。
報酬もあまり高くはないのも問題だ。
ただ、最近は傭兵の仕事も少なくなってきたので仕方がない。まぁ、迷宮の調査報告によると、中は三階層まで。出てくる魔物も、一番強い魔物がミニタウロスと初心者向け迷宮丸出しの迷宮だしな。
「そういえば、アルミラージの角はいま一本三十センスで取引されているらしいぞ。ついでに三、四本とってくか」
「期待するなよ、ペイン。こんな小さな迷宮のアルミラージだ。いてもせいぜい三匹程度だろ。三本で九十センスなら俺の一日分の酒代にしかならねぇよ」
俺はそう言って、バカ硬い干し肉を食べた。
喉が渇くな。そういえば、迷宮の地下に水飲み場があるって言っていたな。飲みに行くか。
そう思ったときだった。
森の奥から音が聞こえてきた。
俺たちは各々武器を取り警戒する。
傭兵の寄せ集めだ、指示を出すものなんて誰もいない。
「肉の匂いにつられて獣がやってきたか」
「肉食獣だとすると厄介だぞ」
誰かが言う。
小さな島なら肉食獣なんているわけがないが、この島はかなり大きい。独自の生態系を持っていても不思議ではない。
音は段々と近付いてきた。
そして、それは現れた。
「え? 歩きキノコ?」
手が生えていて、目と口まであるが、やはりどう見ても歩きキノコだ。たぶん島独自の生態系の中で生まれた歩きキノコの亜種だろう。
心配して損したと、皆が息をついたが、歩きキノコはその間に俺たちの間を通り抜けて迷宮に走っていった。
さっきまで警戒していたのがバカらしくなって笑っていたそのときだった。
さっきの歩きキノコを追って、巨大なそいつが現れたのだった。
「「「「ドラゴンっ?!」」」」
俺たちの背後に死神が立っていた。




