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第五十一話「飛び出す槍」

 ブナンの話では、ホシア島のシブトの町でトドロス王国の船が出航準備を進めているらしい。通信札で仲間から聞いた情報なので間違いないだろう。

 兵士と呼ぶには柄の悪い、傭兵のような男が十人いて、従魔らしい狼もいたようだ。森の中に逃げても、匂いで追跡されるだろうとのことなので、迷宮に籠もるのは間違いではなかったようだ。

 今日出航し、明日の昼までにはこの島に到着するだろうとのこと。


 とりあえず、罠の分を残す意味で、五階層まで一気に追加した。

 問題なければ、六階層も増やすつもりだ。


「四階層に現れるのはワイルドボアとワイルドベア――似たような名前の魔物ですね。あとミニタウロスも出てきます」

「猪と熊と牛か。まぁ、ゴブリン王よりは弱いから、テンツユに任せたら大丈夫だろう」


 ブナンが言った。迷宮師のことはクラリスさんには伝えていない。

 冒険者ギルドの職員には報告義務があるらしく、彼女に規約違反はさせられないとのことだ。恐らく、いまごろ地上では迷宮が拡張したことに驚いていることだろう。


「五階層の魔物はどうだ?」

「マンドラゴラとワイルドラビット、アイドルラビットです。あと、三階層にいたアルミラージもいます。こっちはウサギ系の魔物が多いですね」

「アイドルラビットはレア種だな。ワイルドラビットも何とかなると思うが、マンドラゴラか……少し運が向いてきたな」

「運?」

「マンドラゴラは高価な薬の素材を落とす魔物なんです」


 フロンが説明した。

 あぁ、そういえばマンドラコラってよくゲームにも出てくるような気がする。

 あれ? なんか特別な能力があった気がするけど、どうも思い出せない


「抜いてガメイツと取引でもするのか?」

「いいや、タダでやるのさ」

「タダで?」


 交換条件も無しで?


「マンドラゴラってのは、抜くときに大きな声を上げるんだ」

「あっ! 思い出した、その声を聴くと死ぬんですよね」

「それは亜種のデスドラゴラだな。マンドラゴラの声を聴いたら錯乱状態になるんだ。そのため、マンドラゴラを抜くときはある方法を使う」

「ある方法? 耳栓でもしたのか?」

「声が届かないように長い縄を繋いで抜いたのでしょうか?」


 フロンもマンドラゴラについてはあまり詳しくないのか、そうブナンに尋ねた。


「どっちも試されたことがあるが、ダメだった。耳栓は意味がない。上の階層から縄を引っ張ってマンドラゴラを抜いたら声が聞こえなかったのに、それでも抜いた男は錯乱状態に陥ったらしい」


 それって、マンドラゴラの声が縄を伝って伝わったからではないだろうか?

 現代日本なら、ドローンとかラジコンカーを使って抜けば問題なさそうだが――抜いた相手を強制的に錯乱状態にするという呪いのようなものだったら、いくら離れても意味がないのかもしれない。


「じゃあ、どうしたのですか?」

「簡単さ。従魔に抜かせたんだよ。ただし、錯乱状態になって襲ってきても平気なように遅効性の毒を食わせたり、ある程度傷を負わせてな」

「そんな――酷い」

「それだけマンドラゴラは貴重な薬を落とすってことだ。従魔の命と大金とを天秤にかけて大金を取るのは珍しい話じゃない。それで相手の従魔が死んでくれたら、坊主たちが捕まる確率は下がるだろ。坊主、マンドラゴラが出る部屋の隣に宝箱を置いておけ。運よくふたつマンドラゴラが出てきたら、犬っころを二匹とも潰せるかもしれん」

「…………はい」


 確かに、合理的に考えるのならブナンの言うのはもっともだ。

 でも、心のどこかで、そんなことは起こらないでほしいと思っている自分がいる。

 人間、誰もがフロンを殺そうとしたような人であってほしくないと思っている。


「さて、あとはお前さんの言っていた罠だな。落とし穴は普通の冒険者がハマることはないが飛び出す槍を見せてくれるか?」

「はい」


 俺は目の前に飛び出す槍を設置した。

 ゴルフのホールにも見えるようなものが、三つ並んでいる。

 

 土の床の上では丸わかりな穴だ。

 ブナンが石を投げる。

 石が通り過ぎた瞬間、槍が穴から飛び出した。ただ、僅かにタイムラグがある。走り抜けていたら遅れた感じだ。実際、ブナンが投げた石は槍にぶつかることなく槍の向こう側に飛んでいった。

 そして、槍は暫くして元に戻っていく。

 再度投げても槍は飛び出さない。

 フロンの狐火にクールタイムがあるのと同じように、飛び出す槍にも一分のクールタイムがあるようだ。

 他の迷宮にも同様の罠があるらしく、これも迷宮に慣れている人間なら見逃すことはないという。


「とりあえず、飛び出す槍の手前に落とし穴でも作っておくか。運がよければ落とし穴に気を取られて槍に気付かないかもしれん。そうだ、落とし穴の手前に、坊主の得意なストーンスパイクのでっぱりでも作っておくか?」


 ブナンの言うことは理にかなっている。運がよければ、何人か殺せるかもしれない。

 落とし穴の底には針があるから落ちたら無事では済まないし、槍もそこそこ威力がありそうだ。


「……いえ、このままでいきましょう。俺たちの目標は、相手を殺すことではなく一日、迷宮に籠もることなんですよね

「そんな甘い考えじゃ持ちこたえられんぞ?」

「大丈夫です。考えがあります」


 俺はそう言った。

 考えがあるのは嘘じゃない。この飛び出す槍も殺す以外の使い道がある。


「ブナン様。ご主人様の仰る通りにお願いします。私たちはここで誰かを殺しても、きっと平和な日常は過ごせないと思います。相手が野盗ならまだしも、雇われただけの傭兵というのならなおさらです」

「……あぁ、そうか。お前たちはそういう奴だったな。とりあえず、四階層と五階層の様子も見ておくか」

「はい」


 俺は頷き、四階層に向かった。

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