第二十五話「突然の冬」
寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い!
布団から出られないが、このまま布団の中にいても凍死してしまいそうだ。
俺は熱を求め、布団を被ったままベッドの中央部分に移動する。
あ……少し暖かい温もりが――
「「あ……」」
二つの掛布団が重なりあい、フロンの顔が。
俺たちは布団を捲りあげ、正面を向きあって謝罪した。
「すみません、ご主人様……寒さのあまりつい……」
「いや、俺こそ……女性の布団に入り込もうなんて悪いことを……」
「「寒い(です)っ!」」
俺たちは消えない松明を二本ずつ取り出してその熱で暖を取る。
本当はこの場で焚火をしたいくらいだ。
フロンは余っていた服を四枚重ねで着ている。
俺はジャージを上から羽織った。
くそっ、魔石が足りない――防寒具なんて必要になるのはもっと先だって思っていた。
「なんなんだ、突然の冬将軍到来か? シベリア寒気団が軍団になって押し寄せたのか」
「シベリアカンキ団という集団はわかりませんが、この寒さは異常ですね」
とその時、「ピーン」と音が聞こえた。
まさか――と地図を見ると、スライムイーターが湧いたのだ。
「フロン、スライムイーターが現れた!」
「すぐに退治に行きましょう!」
「ああ、こんな寒い日に服を剥がれたら凍死するぞ!」
俺たちは厚着でスライムたちがいる部屋に向かった。
しかし、全然問題なかった。
「これは酷いな――」
スライムがカチカチに凍っていた。
「これで死んでいないっていうのも驚きの生命力だな」
石斧で叩く。
物理攻撃には強いはずなのに、粉々に砕けて死んでしまった。
魔石と粘液は回収しておく。
この分だと、スロータートルは冬眠しているんじゃないだろうか?
通路の松明はこの寒さでも消えていない。
スライムの数がさっき確認したときよりも減っていて、魔石やスライムの粘液が今回収した分以上に増えている。俺が来るまでの間に、動けるスライムが寒さから逃れようとしたのか、それともスライムイーターの匂いに誘われたのか、松明の火の上に飛び乗って融けたのだろう。
松明の火に気を付けながら、俺はスライムイーターも斧で刈り取った。
蔓がなければ討伐難易度は〇。子供でも倒せる。
それに、寒さのせいでなんか弱ってたし。
「この寒さで魔物も通常通りには動けないようですね」
「ああ、そうだな――ん?」
「あっ!」
俺たちは思い出した。
テンツユだ!
あいつ、昨日は外で寝ていたはずだ!
俺たちは来た道を逆に戻り、階段を駆け上がった。
そして、外に出たとき、俺たちを待っていたのは雪に覆われた銀世界だった。
「雪が積もってる……」
「これが雪なのですか? 見るのは初めてです」
「見るのは初めてなのか?」
「はい。東大陸でも雪が降るのは北部だけですから。冷たいですね」
フロンが雪に触れて言った。
知識としては知っていたけれど、実感できたという感じだ。
「あまり触るとしもやけになるぞ」
作業用の手袋をフロンに渡した。
「私が使ったらご主人様の分が――」
「俺は雪には慣れてるから大丈夫だ。それに――あぁ、あった」
サンダーが鳥肉の内臓や骨、生ごみなどを埋めるための穴を掘る時に使ったスコップが残っていた。これで雪かきはできそうだ。
「テンツユ! いるか、テンツユ!」
「テンツユ、いたら返事してください」
俺たちは声を上げた。
しかし、返事はない。
テンツユは外で寝るときは体を少し埋め木にもたれかかるように寝ていた。
「テンツユゥゥゥっ!!」
「…………ュー」
声が聞こえた!
「フロン、あの木の裏だ!」
「はいっ!」
俺たちは木の方に向かった。
その広葉樹の裏側では、テンツユが土と雪に埋まっている状態で見つかった。
「雪のせいで自力で抜けなくなったのか……安心しろ、今すぐ助けるからな」
「キュキュキュ、キューキュキュキュ」
「『なんだか、とても眠いんだ』だってっ!? お前、それは言ったらダメだ! 雪の日にそのセリフは危険だ!」
ていうか、そのセリフは本当に偶然なのか?
あと、お前がそのセリフを言ってしまったら、俺が犬の役になるだろうが。
俺は急いでテンツユを掘り起こそうとする。
「キュキュキュ……キュー」
「え、お前、何言ってるんだ……おいっ!」
次の瞬間、テンツユは光の粒子となって天へと上り消えていった。
空から舞い散る雪と空に昇っていく光の結晶のコントラストがやけに綺麗だった。
「ご主人様――テンツユは何と言ったのでしょうか?」
フロンはわからなかったのか。最近、どうも俺の方がテンツユの言葉を理解できるようになっている。
「『寒いのイヤだから、ちょっと戻って寝てるね』だってさ」
死んだのではなく、戻ったという。
そんなことも可能なのか――いや、召喚ができるんだから逆もできるのだろう。
【再召喚可能まで残り29:42】
死んだときは一時間経過しないと再召喚できなかったけれど、自主的に戻った場合は三〇分で再召喚できるようになるらしい。
「はぁ、心配して損した気分だ」
「テンツユは意外と自由なところがありますからね」
本当だよな。まぁ、テンツユはずっと働いてくれていたし、休みは必要だろう。
「それにしても、この寒さはなんなんだ? 今は冬なのか?」
雪が止む様子はない。
昨日までは少し歩けば汗が出るくらいの陽気だったのに、いまは鼻水が出たら凍り付くくらいに寒い。バナナで釘を打てそうだ――とは言いすぎだが。
「いまはまだ秋になったばかりですし、このあたりは冬でも暖かいはずです。もしかしたら、氷の精霊かもしれません」
「氷の精霊? 精霊って、サラマンダーとかウィンディーネって奴か?」
「はい――といっても、火のサラマンダー、水のウィンディーネ、風のシルフ、土のノームはどれも伝承の中にしかいない大精霊ですので、実際にいるのかはわかりませんが、中級の精霊でしたら世界中で目撃があります」
「じゃあ、この寒さは氷の精霊の仕業だってことか」
「仕業というより、氷の精霊がいるだけで温度が下がりますから。私たちは氷の精霊がこの島を通り過ぎるのを待つことだけです」
「……そうか。でも、この雪じゃ、干してた海草はダメだし、塩田もアウトだろ……」
とんだ災難だ。
そういえば、サンダーがこの島を去る直前、塩田の中に入れるようにって植物の種を渡していった。マングローブ――塩水の中でも育つ植物らしい。
育ててみれば面白いことになるって言ってたけど、さすがにこの中で育てるのは無理だろう。
「ご主人様、どうしましょう?」
どうしようと言われても、寒くて仕事どころじゃないぞ。
カマクラを作ってワカサギ釣りするならまだしも。
あ、でも大雪で電車が止まった時、上司に休んでいいか電話したら、「歩いて来い!」って言われたよな。
「雪が降ってるから有給使っていいかだと!? それじゃあ北海道の人間は冬の間ずっと休んでるのか? 北海道県民の全世帯に土下座して回るか、とっとと出社して仕事しろ! 雪でも仕事はあるんだよっ! 部長も見廻りに来るだろうから、休むんじゃねぇぞ!」
酷い言い方だ。
令和のご時世では大問題になる話だ。
あのときはそんなこと考えるような余裕はなかったな。
余裕があれば、間違っているのは上司の方だってわかったし、それ以前に北海道県民ってなんだよっ! って心の中でツッコミを入れていたはずだ。
タクシーも捕まらなかったため、カッパを着てヘルメットとサポーターをつけ、何度も転びそうになりながら自転車で出社した。始業時間にはほとんどの社員が揃っていた。
ただ、これは仕事じゃなくサバイバル生活。
雪の中でもただ無為に時間を過ごすのはよくない。
いや、むしろこんな寒い日だからこそしないといけない仕事がある。
「……よし、決めた! 今日は風呂を作ろう!」
迷宮師式、風呂作りを見せてやる!
パラハラダメ、絶対! 不慣れな雪道の自転車走行はとても危険です!
そして、次回はドキドキお風呂タイム?




