木製楽器
『異世界ゆるりキャンプ〜大森林でごちそう農家ごはん』は本日発売です。よろしくお願いします。
「さて、次はテンタクルスだな」
空を見上げてみるが、見える範囲にテンタクルスは飛んでいる様子がない。
集落から離れた場所を飛んでいるのかもしれない。
「適当に歩き回って探せばいいだろう」
なにせあれだけの図体だ。空を見ながら散歩でもしていれば、すぐに見つかるに違いない。
なんてことを思いながら歩き出すと、傍にいたレントがカゴを地面に置いた。
「どうした?」
レントの不可解な行動を見て声をかける。
レントはそれに反応せず、右腕を肥大させ始めた。
木々で構成された右腕がメキメキと音を立てて、ハンマーのような形になった。
いや、ハンマーじゃない。和太鼓だ。
和太鼓と化した右腕をレントは左腕で強く叩いた。
ボンボンッと和太鼓のような低音が響き渡った。
「お前、器用だな」
まさか自分の身体を楽器代わりにして、テンタクルスを呼び出すとは思いもしなかった。
とはいえ、植物を操作して作り出したのであれば、俺にもできないわけはない。
和太鼓をイメージして神具を変形してみる。
すると、杖が和太鼓へと変形してくれた。手で叩いてみると、気持ちのいい音が鳴る。
「おお」
試しに木琴、マラカス、オカリナ、リコーダー、タンバリン、ウッドブロックなどと思いつく限りにイメージしてみると、どれも成功した。
とはいっても、基本木製なので前世の楽器と同じ音というわけじゃないけどな。
ピアノやトランペットなど変形が不可能な楽器もあるようだが、大体の楽器に変形できるようだ。
俺もレントと一緒に太鼓を鳴らしてみる。
しばらくすると、彼方からこちらに向かって飛んでくるテンタクルスの姿が見えた。
どこにいるかわからないなら、音を出して呼んでしまえばいい作戦は成功だな。
テンタクルスが俺たちの傍に着地する。
「ブドウの差し入れを持ってきた。食べるか?」
レントの差し出したカゴの中にブドウが入っているのを確認すると、テンタクルスは機敏な動きでカゴに顔を突っ込んだ。
むしゃむしゃとブドウを食べると、頭を持ち上げて大きな体を震わせた。
ヘルホーネットと同じで、テンタクルスもブドウを大いに気に入ってくれたようだ。
喜んでくれたようなら何よりだ。
テンタクルスが夢中になってブドウを食べている中、俺とレントは能力で作り上げた和太鼓を打ち鳴らす。
手で叩いてみたり、能力でバチを作って叩いてみたりすると音色が変わって楽しい。
「なんか面白そうな音が聞こえるんだけど!」
二人して和太鼓で遊んでいると、リーディア、アルテをはじめとするエルフたちがやってきた。
テンタクルスを呼ぶ音が集落の方まで聞こえていたらしい。
「これって楽器ですよね!?」
「ああ、俺の故郷の楽器だ」
「ハシラ、私たちにも楽器を作ってくれない?」
「そんなに楽器が好きなのか?」
「ええ! 私たちエルフは弓と楽器が生活の一部なの! だから、楽器を弾かせて!」
「「お願いします!」」
リーディアだけでなく、アルテや他のエルフたちも必死に頼み込んでくる。
熱量がすごい。
エルフにとってそこまで音楽が身近なものだとは思っていなかった。
ここまで頼まれてしまっては応えてやるしかないだろう。
俺は能力を使って、太鼓、木琴、マラカス、オカリナ、リコーダー、タンバリン、ウッドブロックなどの楽器を作り出してみせると、リーディアたちがわっと声を上げて手に取り始めた。
「ハシラ、この平らな板が並んでいる楽器はどうやって使うの?」
「丸い突起物の付いているバチで叩くんだ」
「わっ、綺麗な音色! それに板によって響く音色が違うのね!」
オカリナやウッドブロック、太鼓はリーディアの故郷にもあったが、木琴、リコーダー、タンバリンなどの一部の楽器は初めだったようだ。
しかし、故郷で楽器を嗜んでいたからか、楽器の特徴や使い方をレクチャーすると、すぐに安定した音を奏で始めた。
「上手いな」
「伊達に長い時間楽器を触っていないから」
素直に褒めると、リーディアが照れくさそうに笑いながら言う。
そうか。長い寿命を誇るエルフ族は楽器と向き合える時間が長いんだ。
そういう意味でも楽器との相性はいいのだろう。
ただそれを抜きにしても、リーディアのリズム感や音色のセンスは頭を抜けている気がする。エルフの中にはリーディアよりも遥かに年上の者もいるのにもかかわらずだ。
「リーディアさんは、私たちの国でもオカリナの名手として有名なんですよ」
なんて疑問を見透かしたのか、アルテがそんな事実を教えてくれる。
「そうなのか?」
「そんなことはないわよ!」
視線を向けると、リーディアは顔を真っ赤にして首を横に振る。
どうやら謙遜しているだけのようだ。
「聴いてみたい」
「ええ、恥ずかしいってば……」
「聴かせてくれないともう楽器は作れないかもしれないなぁ」
「リーディアさん、吹いてあげてください! さぁ!」
「あなたたち……」
軽く脅迫も混ぜてみると、リーディアは観念したようにオカリナを受け取った。
能力で中央に切株を生やし、囲うように客席の切株を生やした。
これでちょっとした演奏会気分だ。
リーディアは恨めしそうな視線をこちらに向けていたが、覚悟が決まったのか凛とした表情となってオカリナに口をつけた。
オカリナの温かくて優しい音色。シンプルな戦慄だが、不思議と趣や奥深さを感じられた。
さっき俺が遊びで吹いてみた音色とは大違い。吹き込んだ息が無駄なく音へと変換されているのが素人でもわかった。
リーディアの奏でている曲は、どこ哀愁感の漂うものだ。
それでいて平原、森の中といった雄大な自然の情景が次々と思い浮かぶ。
しばらくすると、哀愁感の音色が変化し、一気に明るくて疾走感のあるものへと変わる。
まるで、自然の中から飛び出すかのような勢い。
ノリが良くて聴いていると不思議とテンションが上がってくる。
なんだかこの曲の主人公像が鮮明に浮かび上がってきたな。
ブドウを食べ終わったテンタクルスもリーディアの演奏に夢中なようで、軽快な音に合わせて体を揺らしていた。
テンションの高いパートが終わると、音色がのびのびとした落ち着いたものへと変わり、優しい音色で曲が閉じられた。
リーディアがオカリナから口を離すと、観客席にいる俺たちは思わず手を打ち鳴らしていた。
「さすがリーディアさんです!」
「いい曲だった」
「ありがとう」
賞賛の言葉を贈ると、今度は謙遜することなくリーディアは嬉しそうに微笑んだ。
「もう随分と触っていなかったのだけど、意外とイケるものね」
リーディアが愛おしそうにオカリナを撫でる中、俺は言ってみる。
「今の曲の主人公はリーディアだろう?」
「うええっ!? な、なんでそう思うの!?」
リーディアが激しく狼狽えた。
「なんでも何もリーディアの生い立ちと曲を聴いていればわかると思うが……」
「はい、故郷から飛び出すお転婆なリーディア様の姿が鮮明に思い浮かびました」
俺の言葉に同意するようにアルテとエルフたちが頷く。
「やだ、恥ずかしい……」
俺たちが微笑ましそうな視線を向ける中、リーディアは顔を真っ赤にし、消え入りそうな声音で呟くのだった。




