ブドウの摘粒
警備担当との顔合わせを済ませると、俺はエルダを衣服制作チームに引き合わせることにした。
「うちの衣服制作を担当してくれているイトツムギアリたちと銀狼族のヘルナ、金虎族のレオーナだ」
「よろしくね」
「よろしくお願いします」
「エルダよ、よろしく。ところで、やたらとイトツムギアリに囲われているのだけど、これは何なのかしら?」
滞りなく挨拶を済ませたが、エルダの周囲には数十匹のイトツムギアリがいた。
触覚を動かしながらエルダの周りをグルグルと回って、あちこちから観察している様子。
「恐らく、エルダさんの衣服に興味を示しているのかと思います」
エルダの衣装は俺たちの持っている衣服と根本的に素材が違うだけでなく、デザインも違う。衣服を作るのが好きなイトツムギアリたちが興味を示すのも当然だ。
「ここだと人目もあるし、引ん剥かれても大丈夫なように移動するよ」
「ええ? 私、剥かれるのが決定してるの!?」
顔合わせ早々に衣服を剥かれることになったヘルナとレオーナは手慣れた様子で、エルダを家に誘導していった。
ヘルナとレオーナがいることだ、後は適当によろしくやってくれるだろう。
集落の周りに糸を張り巡らす作業は落ち着いてから着手してもらおう。
とにかく、これでエルダに対するサポートは一通り終わりだな。
後は仕事をこなしながら交流を深めるなり、適度な距離感を保つなりして、彼女なりの生活スタイルを築いてくれれば問題ない。
エルダのサポートに区切りをつけた俺は、いつもの仕事をこなすべく畑に戻ることにした。
畑に戻ってくると、アルテをはじめとしたエルフたちが雑草を抜いたり、作物の剪定をしたりと、作物がより効率的に育つように管理してくれていた。
俺は彼女たちに軽く声をかけて、管理の終わったところから成長促進をかけて回る。
すると、作業の一員として働いていたリーディアが近づいてきた。
「エルダは?」
「衣服製作のチームに任せてきた」
「……そう」
「エルダのことが気になるのか?」
「やってきて初日にハシラを襲うような人だもの。目を光らせていないと何をするかわかったものじゃないわ」
「気にし過ぎじゃないか? ここにやってきて俺を襲ってきた奴なんてたくさんいるだろ?」
俺を襲った住民はカーミラを筆頭にクレア、グルガ、リファナとたくさんいる。
だけど、そいつらは今となっては普通に集落の一員として過ごしているし、カーミラとクレアなんかは同じ屋根の下で暮らしている。
いきなり襲ってきたからといって、そんな風に警戒する必要はないんじゃないだろうか?
「いや、そうだけどそれとこれとは別なのよ」
「別なのか?」
「とにかく、彼女の変な誘いには乗らないこと! いいわね?」
「あ、ああ。わかった」
理由はよくわからないが、妙な剣幕でまくし立てるリーディアの言葉に俺は頷いた。
別に好きでもない相手とそういったことをするつもりはないしな。
俺がしっかりと頷くのを確認すると、リーディアは満足そうに頷いて作業に戻る。
「別にエルダは悪い奴じゃないんだけどな」
今まで移民は何度も受け入れてきたが、リーディアがこんな厳しい態度を見せるのは初めてだ。そんなにエルダが気に入らないんだろうか?
「ハシラさん、リーディアさんが気にしているのはそういうんじゃありませんよ」
首を傾げてうなっていると、傍で作業をしていたアルテがこそっと言ってきた。
「じゃあ、どういう意味だ?」
「ごめんなさい。それはちょっと教えられないです」
そこまで言って肝心なところは教えてくれないのか。
他のエルフに視線を向けると、微妙な顔を浮かべたり、苦笑いを浮かべながら顔を逸らした。
他のエルフたちも肝心な意味を理解しているが、俺に教えてくれるつもりはないようだ。
少し引っかかるものがあるが、この手の会話には迂闊に顔を突っ込まない方がいい。
成長促進を終わらせると、俺はセシリアを呼んでブドウ畑に向かうことにした。
●
ブドウ畑にやってくると、ブドウ棚には蔓が巻き付いており、青々とした葉っぱが茂っていた。
「植え付けたのは少し前だが、随分と成長したな」
「ええ、通常のブドウとは比べ物にならない速度ですわ」
天井からはいくつものブドウの房がぶら下がっており、すっかりと棚を覆っていた。
ついこの間まで棚はスカスカだったのだが成長促進をかけ、魔石を肥料として与えることで急速に成長しているな。
「魔石を与えるか」
ポケットから拳くらいの大きさの魔石を地面に落とすと、ズブリと地面に沈んだ。
「健やかなる繁栄を願い、魔石を供物として捧げよう」
いつも通りエルフィーラへの祝詞を紡ぐと、土が翡翠色に発光し、蔓、葉っぱ、房などが一回り以上大きくなった。
魔石の効果が現れるとセシリアがメモを片手にブドウを物差しで測ったりと、成育データを記入していく。
彼女が詳細なデータを取る中、俺はふっくらと膨らんだブドウの房に触れた。
「おっ、粒が大きくなってきたな」
「本当ですわね!」
まだ粒自体は小さくて丸っこいが、中には果肉が詰まっている。
これから成長していくにつれてしっかりと果肉が詰まり、丸々とした粒が生ってくれるだろう。これならドルバノとゾールと約束した一週間後には収穫までいけそうだ。
後は他の畑と同様に成長促進をかけ続ければ、無事に収穫できるサイズになってくれるだろう。
「粒が生り始めたことですし、摘粒しておきましょう」
「ブドウもそういった調整をすることで良くなるのか?」
「はい、摘粒することで綺麗な房型を作ることができますわ。それだけでなく綺麗な房型になりますと、粒同士が密着して支え合うことになり、ちょっとした振動などで粒が落ちにくくなるのです」
「なるほど。それだけのメリットがあるのなら早めにやっておいた方がよさそうだな。ちなみにセシリアは摘粒できるか?」
「はい。このブドウの苗は魔国のものですので当然学んでおりますわ!」
自慢げに胸を張ってみせるセシリア。
気位は高いが、自分にできる努力を怠らないのが彼女のいいところだ。
「……失礼ながらハシラ様はご存知ないので?」
感心していると、セシリアがおそるおそる尋ねてくる。
色々な作物を育てているために、ブドウについての知識も深いだろうと勘違いされているのだろうか。
「植物についての基本的な知識はあるが、育てるための知識や技術まで網羅しているわけじゃないぞ」
俺が加護を貰ったのは植物神だ。
農業神ではないので、そういった細かい成育技術までは蓄えていない。
「そうだったのですね。植物について深い知識をお持ちだったので、育て方も知っているものだと勘違いしていましたわ」
「その考えは即座に訂正してくれ。俺のやり方が間違っていたり、効率の悪いものだと判断したらすぐに助言してほしい」
いくらエルフィーラの加護を貰っているといっても、所詮俺はただの人間だ。
一人でできることには限りがあるので、セシリアのような優秀な者には是非とも支えてもらいた
い。
「わかりましたわ。ハシラさんのお言葉を心に刻みます」
そのことを伝えると、セシリアはスカートの端をちょんと摘んで一礼をしてくれた。
彼女の忠誠はあくまで魔国へのものだろうが、魔王たちと仲良くやっている限り、その働きは俺たちに作用することだろう。
「とりあえず、摘粒だったか……今後のために教えてくれるか?」
「もちろんですわ!」
尋ねるとセシリアは優雅に微笑みながらブドウの摘粒のやり方を教えてくれた。




