警備担当との交流
翌朝。朝食を食べ終わると仕事だ。
いつも通り、畑を回りたいところであるが、集落にやってきたばかりのエルダの面倒を見ないといけない。
集落の警備は勿論、衣服作りの担当であるイトツムギアリとも引き合わせておきたいからな。
「ハシラ、どこに行くの?」
外に出ようとすると、リーディアが声をかけてくる。
「エルダのところだ」
「……私も行く」
わざわざリーディアまでやってくる必要はないが、昨日俺に夜這いをかけてきたことで思うところがあるのだろう。
俺も昨夜の事件にはどうしたものかと頭を悩ませていたので、女性が注意してくれるのであれば任せたい。そんな思惑もあって素直に同行を許可した。
リーディアと一緒に外に出て、エルダの家を訪れる。
ノックすると、エルダはすぐに扉を開けて出てきてくれた。
「やってもらいたい仕事の説明をしにきた」
「ええ、教えてちょうだい」
用件を告げると、エルダは実に自然な態度で応じてくれた。
あまりに自然体だったので昨日の夜這いなんてなかったんじゃないかって思える程だ。
「その前に少しいいかしら?」
仕事の話をしようとすると、リーディアが動き出した。
リーディアはエルダを連れて遠くに行くと、そこで何かしらの会話をし出した。
遠いので二人がどのような言葉を交わしているかは不明。
待っていると一瞬リーディアから魔力が漏れ出して不穏な空気が醸し出されたが、程なくして引っ込んだ。
とりあえず、二人の会話は折り合いがついたらしい。
リーディアはそのままフェードアウトして、エルダだけがこちらに戻ってきた。
「一瞬、物騒な魔力が出ていたが、話し合いは無事に終わったんだよな?」
「ええ、無事に済んだわ」
「可能であれば、昨日のようなことは控えてくれると助かる」
アラクネ族が他種族の男を攫って子を為す種族だと、夜這いの後にクレアから聞いたのだが、だからといって合意無しでするのは良くないことだ。
「そうね。怖いハイエルフさんに怒られたことだし、もうちょっとタイミングを考えることにするわ。まだ住んで一日も経っていないのに追い出されたくないもの」
飄々と答えてみせるエルダ。
リーディアに何を言われたかは知らないが、俺たちの言わんとすることは理解してくれたようだ。ただ言葉を聞く限り、完全に俺のことを諦めたわけではないよう。
「さて、仕事の話ね。私にやってほしいのは警備と衣服作りだったわよね?」
「ああ。まずは集落を警備してくれている奴等と引き合わせようと思う」
「わかったわ。案内してちょうだい」
エルダが頷いたところで道を引き返して、家の近くにまで移動する。
「紹介しよう。マザープラントだ」
「…………」
禍々しい姿をしたマザープラントを見て、エルダが顔を青くして黙り込んだ。
おお、エルダがこんな風に怯えた様子を見せるのは初めてだ。
特にどんな魔物か説明していないが、十分にヤバさを理解している様子だ。
「国潰しの魔物らしいが、うちでは集落の全体や畑を守ってくれている頼もしく、優しい魔物だ」
「そ、そうなのね。昨日からこの集落にやってきたエルダよ。よろしくね」
エルダがおそるおそる手を差し出すと、マザープラントは優しく蔓を伸ばして握手した。
精一杯笑みを浮かべているが、エルダの顔がかなり引き攣っている。
まあ、獣人たちがやってきた時もこんな感じだったので次第に慣れてくれるだろう。
「ちょっと! あんなヤバい魔物がいるなんて聞いてないわよ! あんなのがいるなら私が警備する必要なんてないんじゃない?」
マザープラントから離れるなり、エルダが早口でまくし立ててくる。
「エルダの糸を張り巡らせておけば、遠くからの接近に事前に気付くことができる。それはマザープラントにはできないことだ」
キラープラントをたくさん増やしてもらえば、広範囲を警備することはできるが、彼らも食料を必要とする。無駄に増やすのは得策ではない。
エルダの糸であれば、低コストで集落の周りをカバーできるので有用だ。
俺の感知のように樹上もカバーできることだしな。何より敵に悟られずに、エルダが一方的に感知できるのがいい。
「そ、そう。それならやるけど……」
なんてことを丁寧に説明してあげると、エルダは納得したように頷いてくれた。
無意味な仕事を振ったりはしないので安心してほしい。
「次の奴に会いに行こう」
顔合わせが無事に済み、糸を集落の外に張ることをマザープラントに共有した俺たちは、次なる警備担当に会いに行くことにする。
畑のないだだっ広い場所にやってくると、俺は声を張り上げた。
「おーい、テンタクルス!」
すると、どこからともなくテンタクルスが飛んでくる。
ブウウンという羽音を立てたテンタクルスは俺たちの傍に着地した。
「て、テンタクルス……」
「お、こっちは知っていたか。テンタクルスには、うちの集落を空から警備をしてもらっている」
俺の紹介に「そうだ」と言わんばかりにテンタクルスが頷いた。
「新しく地上を警備することになったエルダよ」
自己紹介が終わると、同じようにテンタクルスにも糸を巡らせることなどを共有した。
すると、テンタクルスがソワソワとした様子で地面を脚で掻き始めた。
「ねえ、ハシラ。嫌な予感がするのだけど……」
先程よりもつつがなく自己紹介と情報伝達が終わったかのように思えたが、そうではなかったらしい。
テンタクルスの特性を知っているエルダが、助けを求めるような視線を向けてくる。
これが非戦闘員であれば諫めるところであるが、エルダは樹海で生き抜いてきた戦闘員だ。テンタクルスたちと同じく警備を担当するのであれば、互いの力は知っておいた方がいい。
「同じ警備担当として交流は必要だな。俺は離れるから存分に力比べをしてくれ」
俺は勢いよく木を生やすと、即座にその場を離脱した。
これは戦闘員なら誰もが味わうもの。テンタクルスと仲良くなるための通過儀礼なんだ。
グルガ、リファナ、ライオスも体験済みである。勿論、三者とも吹き飛ばされた。
「ちょっ! 冗談よね!? ハシラ!?」
「備えないと大怪我するぞ」
忠告すると、ハッと我に返ったエルダが振り返る。
そこには既に三本の角の突き出している準備万端のテンタクルスがいた。
テンタクルスは背中の羽を動かし、推進力を加えながらの突進を繰り出してきた。
先ほどの羽音が可愛らしく思えるほどの音が響き、遅れて土煙が舞い上がった。
「くっ!」
エルダはお腹や手から全力で糸を出し、蜘蛛の巣状の糸を何重にも展開。
それらはテンタクルスの突進を削ぐことができたが完全に抑えることはできず、衝撃でエルダが撥ねられた。
吹き飛ばされたエルダは、後方に巣を作りクッションにすることで身体を受け止めた。
「勝負アリだな」
力比べの結果を判定すると、テンタクルスが満足そうに息を漏らした。
「えらく疲れている様子だな?」
エルダのところに近寄ってみると、やたらと呼吸が乱されており、顔色にも強い疲労が滲んでいた。
短い時間だったが、エルダにとってそこまで体力の消耗する戦いだったのだろうか?
「強度の高い糸を大量に放出すると疲れるのよ」
「なるほど」
人間が魔力を操る時のように、アラクネ族の糸も使用するのに体力を使うようだ。
アラクネ族とはいえ、無限に糸を使えるわけではないらしい。
「健闘だったな」
「嫌み?」
エルダの呼吸が落ち着いたタイミングで手を差し伸べると、エルダがこちらを睨みながら言う。
エルダからすれば惨敗だったように思えるかもしれないが、俺はそうは思わない。
「他の奴等は彼方まで吹き飛ばされてるからな」
吹き飛ばされたとはいえ、糸で軽減したために数十メートルほどだ。それに比べれば、大健闘だろう。
俺の言葉に同意するようにテンタクルスも頷いた。
「ふうん、そう……」
エルダは含みのある返事をすると、素直に俺の手を取って立ち上がった。
多分、自分の力が認められて嬉しいのだろうな。
「ちなみにハシラはテンタクルスと力比べしたの?」
「もちろん、やった」
「結果は?」
「俺が勝ったな」
「本当にあなたって強いのね」
エルダが感心の台詞を吐きながら俺に密着してくる。
薄い生地の上から柔らかな胸の感触が伝わった。
「ねえ、私と子供作らない?」
それと同時に艶のある声が耳元で囁かれる。
吐息が耳にかかって、ゾワリとした。
「作らない。というか、そういうのは無しだってリーディアに釘を刺されたんじゃないのか?」
「ええ、だから私は手を出さないわ」
夜這いはしないけど、誘惑はする。俺から手を出させるのを待っているというわけか。
素直な性格じゃないとわかっていたが質が悪い。




