夜這い
『異世界のんびり素材採取生活』の小説3巻とコミック2巻が7月15日発売です。よろしくお願いします。
「お嬢様、髪を梳いて差し上げましょう」
「おお、よろしく頼むのだ」
クレアの前にカーミラが移動してぺたんと座り込む。
カーミラの鮮やかな赤い髪をクレアがブラシを使って梳き始めた。
「最高級のブラシだけあってとても梳き具合がいいですね」
「気持ちいいのだ」
髪を梳かしてもらっているカーミラが心地よさそうに目を細める。
お世話係なだけあってクレアのブラシ捌きは見事なものだった。
そんな光景をリーディアがちょっと羨ましそうに眺めていた。
それからこちらを確認するようにチラリチラリと視線を向けてくる。
リーディアの気持ちは何となくわかるが、女性の髪を男性である俺が梳いていいものか。
「……ねえ、ハシラ。私の髪も梳いてくれる?」
こちらから言い出すものかと迷っていると、リーディアの方から思い切ったように言ってきた。ちょっと頬が赤くなっている様子を見るに、男性に髪を触らせることに多少なりの意味があるのではないだろうか。だからといって、頼まれてしまった時点で断ることはでいないのだが。
「いいぞ」
リーディアからブラシを受け取り、俺は彼女の傍に移動。
後ろに座っただけで、リーディアの身体からとてもいい香りを感じた。
サラリとした金色の髪や、白い肌、綺麗な身体のシルエットが異性だということを主張しているようだった。
ちょっとドキッとしたが、一緒に住んでいる家族だ。
そう自分に言い聞かせると、早くなっていた鼓動は収まった。
「それじゃあ、失礼するぞ」
「え、ええ。お願いするわ」
リーディアに声かけてから髪を触り、ブラシを滑らせていく。
癖のない金色の髪はとてもサラリとしており、樹海馬の尻尾で作ったブラシが滑らかに通る。まるで絹糸のように艶やかで柔らかい。ずっと触れていたくなるような心地よさだ。
「痛くないか?」
「とても上手よ。というか、女の人の髪を梳くのが明らかに慣れてない?」
後ろ側に回っているのでリーディアの表情は見えないが、なんだかとても疑われている気がする。
もしかして、俺が女慣れしているとでも思っているのだろうか?
「妹たちの面倒を見ていたからな」
「へえ、ハシラに妹がいたのね。その妹さんたちはどこにいるの?」
「……遠いところだな。今はもう会うことはできない」
「余計なことを聞いてごめんなさい」
「大丈夫だ。気にしていない」
正確には俺だけが死んでこちらの世界に転移し、離れ離れになってしまったのだが、こう説明した方がわかりやすいだろう。もう二度と会えないということは事実だからな。
しばし、無言で作業をしていると、リーディアの髪が梳き終わった。
「これでどうだ?」
「ありがとう。とても上手だったわ」
ブラシを通したリーディアの髪は以前にも増して綺麗になっていた。
窓から差し込んできた陽光で、天使の輪ができている。
リーディア自身もそのことがわかっているのか、自分の髪を指で弄りながら嬉しそうにしていた。
「クレアの髪も梳いてあげるわ!」
「ありがとうございます、リーディア。よろしくお願いします」
リーディアがカーミラの髪を梳いているクレアの後ろに回り、ブラシで梳き始める。
女の子三人がブラッシングし合っている様子はとても微笑ましい。
妹たちもこんな風に三人で髪を梳かし合っていたな。
妹たちは元気でやっているだろうか。
先に死んでしまった不肖の兄だが、こっちはこっちで元気にやっているぞ。
●
夜。すぐ傍で何かが動く気配がした。
隣の部屋で寝ているカーミラたちの誰かが、トイレにでも行っているのだろうか?
薄っすらと目を開けると、暗い寝室の中で大きな影が見えた。
「うん? レントか……?」
「うふふ、だと思う?」
本来であれば返ってくるはずのない返答がきたことにより、俺の意思がハッキリと覚醒した。それにより目の前の人物がエルダだと認識できた。
「エルダか? こんな時間に何しにきたんだ?」
「それは勿論、あなたと交尾するために決まってるじゃない」
「は?」
エルダの言葉に一瞬頭が真っ白になる。
人生に置いて、自分が夜這いをかけられるとは思うわけもない。
というか、こういう時にレントは何をしてるんだ。あいつらが眠らないのでエルダの接近に気付かなかったわけではないだろう。
夜這い=害意ではないと判断してスルーしたのだろうか。なんか妙に気が利きすぎているが、俺からすれば脅威なので止めて欲しかった。
「そもそもアラクネ族と人間族でできるのか?」
エルダは上半身こそ女性の身体をしているが、下半身は蜘蛛だ。
そういった行為ができるように見えない。
「大丈夫。ちゃんとあるわよ」
どうやらアラクネ族と人間族の行為は可能らしい。
まあ、不可能だったらエルダもこんなことを仕掛けてくるはずもないか。
「そもそも何で俺なんだ?」
「今まで出会った男の中で一番強いからよ」
なんというシンプルな理由だろうか。ここまでシンプルだと清々しさすら感じる。
「そういうのは好きな人とするものだろ? 大体、俺たちは出会って一日も経ってないぞ?」
「そんなの関係ないわ。私はただ強い男から得た子種で優秀な子を産みたいだけよ」
樹海の厳しい生存競争を勝ち抜いてきたエルダには、そんな心の機微などクソ食らえのようだ。
俺の初心な気持ちは見事に一蹴された。
一般的な人間族である俺の恋愛観とかなり違う。
「エルダにとってはそうでも、俺はそうじゃない。とにかく、そういうのは無しだ」
エルダは下半身こそ蜘蛛であるが、それ以外の見た目は美女だ。
顔もとても綺麗で胸だって大きい。正直、興味がないかと言われれば嘘になるが、やっぱり初めての相手はちゃんと好きな人がいい。
そのことをきっぱりと伝えると、エルダは驚いたような顔になる。
「あなた、三人の奥さんがいるんじゃないの?」
「何を言ってるんだ? そもそも俺は独身なんだが……?」
「魔族の女性が二人とハイエルフが一人いるじゃない」
エルダが言っているのはカーミラ、クレア、リーディアのことだろうか。
「あの三人は一緒に住んでいるだけで、別にそういった関係じゃないぞ?」
「妻でもないのに男女が同じ巣に住んでるってわけ?」
「そうなるな」
「なにそれ? おかしいわよ」
「種族や性別は違えど、一緒に暮らす家族だからな」
自分でもちょっと特別な環境だと思っているが、別にそれが悪いことだとは思わない。
あいつらとの今の関係もいいものだ。
「というか、奥さんがいると仮定していてもするつもりなのか?」
「私は子種さえ貰えればそれでいいもの」
なんという家庭クラッシャーであろうか。男にとっては都合がいいかもしれないが、女性にとっては迷惑以外なんでもないな。
「そういうわけで子供を作りましょう?」
「待て待て。俺の言葉を理解していないのか?」
「理解した上で無視してるのよ」
「ちょっと、ハシラ? さっきから誰と喋って――」
エルダが覆いかぶさり、俺が逃れようと抵抗しているところで、リーディアが入ってきた。
俺の寝室と彼女の寝室は隣だ。障子で隔てられてはいるが、遮音性は皆無と言っていい。
眠っていたリーディアが騒音で目を覚ますのは当然だった。
寝間着姿のリーディアは眠そうな顔をしていたが、俺たちを見るなり顔を真っ赤にした。
「ちょっ! 二人とも何しようとしてるのよ!?」
こんな夜に男女が布団の上で重なっていれば、誤解するのも当然だ。
「見てわかる通り、これから子作りをするのよ。部外者はあっちに行っててちょうだい」
「部外者って! 私はハシラの家族よ!? 関係大アリよ! 私の眠っている隣で、そ、そんな不潔なことはダメなんだから!」
エルダの言葉に、リーディアが顔を真っ赤にして叫んだ。
「なんだ? 何がダメなのだ?」
「エルダさん? こんな夜中にどうされたのです?」
リーディアの大きな声はカーミラやクレアまでも起こし、二人してこちらにやってくることになった。
途端に賑やかになった寝室を見て、エルダが深くため息を吐いた。
「やめたやめた。今日のところは帰るわ」
さすがのエルダもこんな状況で子作りをしようとは思えないのだろう。
エルダは質問に答えることなく家を出て行った。




