木牛の焼き肉
「お帰りなさい。ブラシに必要な素材はとれたかしら?」
帰宅すると、リーディアがわざわざ玄関で出迎えてくれた。
その優しい笑みだけを見ると新妻のような雰囲気だが、彼女は切実に求めているのはブラシだ。
「ああ、十分な量が獲れた。午後はブラシを作るつもりだ」
「楽しみにしているわ」
報告すると、リーディアはにこにことした笑みを浮かべた。
よっぽど早くブラシが欲しいらしい。とりあえず、一番にリーディアの分を作ってあげるか。
「そうそう。レントが持って帰ってきてくれたお肉だけど、問題なく食べられるわ。軽く塩焼きにしてみたけど、牛肉みたいでとても美味しかったわ」
「本当か! なら、是非とも作ってくれ!」
「そう言うと思って、今焼いているわ」
そう言われて、囲炉裏部屋からいい匂いがすることに気付いた。
まさに牛肉といった香ばしい香り。匂いを嗅いでいるだけで、猛烈に食欲が刺激された。
樹海馬の素材を探し、エルダに襲われたりと、色々とアクシデントがあったせいですっかりと昼を過ぎている。お腹はぺこぺこだった。
手洗い、うがいをしっかりすると、囲炉裏部屋に入って腰を下ろす。
囲炉裏の上では焼き肉用の網が設置されており、その上に真っ赤で分厚い肉が焼かれていた。
「クレア! まだか! まだなのか!?」
「もう少しで焼けますのでお待ちください」
香ばしい匂いに辛抱堪らない様子のカーミラが催促している。
口の端から涎が垂れており、肉にかかってしまいそうだ。
落ち着けと言いたいところだが、久し振りの牛肉の香りに俺もソワソワせざるを得ない。
じゅーと焼ける音を耳にしながら、肉を眺めているだけで食欲を掻き立てられる。
その傍ではタマネギ、カボチャ、ピーマン、キノコ、ニンジンといった野菜もリーディアの手によって焼かれていた。こちらも色鮮やかでとても美味しそうだ。
「カーミラ、焼き肉のお供はご飯だ。皆の分のご飯を盛るぞ」
「おお! そうだな! ご飯の準備をするのだ!」
クレアの邪魔になっているカーミラを引き剥がし、台所に向かう。
こちらではクレアの火魔法によって米が炊かれており、蓋を開けると湯気と共に真っ白な白米が顔を出した。
カーミラに茶碗を用意してもらい、俺がご飯を盛っていく。
それぞれがどれだけ食べるかは大まかに把握しているが、焼き肉とあってはご飯も進むに違いない。今日はいつもよりちょっと多めに皆の分を盛り付けてやった。
「お嬢様、ハシラ殿、準備が整いました」
「おお! ようやくか!」
ご飯を運び、各々の食器なんかを運んでいると、木牛のステーキが焼けたようだ。
カーミラが流れるような速さで卓に着く。
俺も飲み水を持っていきながら、速やかに卓に着いた。
クレアがトングで分厚いステーキを取り皿に載せてくれる。
木牛の肉がこんがりと焼けており、表面からはプスプスと脂の弾ける音がしていた。
「それじゃあ、いただきます」
「どうぞ」
まずはナイフで食べやすい大きさに切り分ける。
「……すごいな。ナイフがすんなりと通るぞ」
分厚い見た目とは裏腹に肉質はとても柔らかい。
あっさりとナイフが通り、ピンクの色の肉が露出。それと共に肉汁が滲み出てくる。
さすがはクレアだ。中心部は赤身を残したまま、表面はこんがりと焼けている。
とても美味しそうだ。
「美味い! 美味いのだ!」
木牛の見た目や肉質の柔らかさに驚いている間に、カーミラは既に二口目を食べていた。
ナイフで切り分けることなくフォークで突き刺して強引に。
魔王の娘なのに、それでいいのか。
まあ、カーミラの作法は置いておいて、俺も目の前で鎮座する肉を食べる。
口に含むと、あっさりと千切れて口の中に肉の旨みとたっぷりの脂が広がった。
「確かにこれは美味しいな」
木で身体を鎧のように覆う魔物だったが、内部に詰まっている肉はとても柔らかくてジューシーだった。肉に臭みもほとんどなく、非常に食べやすい。
口の中で肉の旨みと脂で支配されたところで、ご飯を掻きこむ。
肉の旨みをご飯が包み込んでくれてとても良く合っていた。
気が付けば、二口、三口と肉を食べ、ご飯を頬張っていた。
「もう二人とも肉もいいけど、ちゃんと野菜も食べないとダメよ?」
夢中になってステーキを食べていると、リーディアがしょうがないと言って様子で言う。
確かに肉ばかり食べてしまっては栄養が偏ってしまう。
網の上で程よく焼けているカボチャ、ピーマン、ニンジンなんかも取る。
焼けたカボチャはとても柔らかくなっており、甘みを増している。
ピーマンは程良い苦みを吐き出してくれ、ニンジンは適度な食感と上品な甘みを出していた。
「ただ焼いただけでもこんなに美味くなるのですから、ハシラ殿の育てた野菜はすごいですね」
「本当よ! 外じゃこんなに美味しい野菜なんて食べられないんだから!」
タマネギを食べながらクレアがしみじみと呟き、リーディアがニンジンを食べながら共感するように言った。
「野菜嫌いだったお嬢様も、今ではきちんと食べてくれています」
「魔国の野菜は苦くて嫌いだが、ここの野菜は美味いからな!」
肉に夢中になっていたカーミラであるが、リーディアに言われてからは率先して野菜を食べている。そんな姿をお世話係のクレアが嬉しそうに眺めていた。
魔国でのカーミラの生活は知らないが、かなりの野菜嫌いだったらしい。そんなカーミラが今では平然と食べてくれているのだから、俺としても嬉しいものだ。
「ほれ、クレア。野菜ばかり食べていては肉がなくなるぞ」
「ありがとうございます、お嬢様。いただきます」
取り皿に盛り付けられた肉のボリュームがカーミラ基準だったが、臣下であるクレアは恭しくそれを受け取った。
「リーディアも肉は食べないのか? 濃い味がきつくなっても、こうやってレタスを巻けばヘルシーに食べられるぞ?」
ヘルシーな食材を好むリーディアからすれば、焼き肉というのは少し重い。
だが、こうやって彼女の大好きな葉野菜を巻けば、もっと肉を楽しめるのではないかと思った。
「本当だわ! この食べ方すごくいいわね! 気に入ったわ!」
そんな気持ちで食べ方を伝授してみると、リーディアは気に入ったようだ。
新たに焼けた肉を取って、レタスで巻いて食べている。
ブラシを作るために狩りをしていたが、木牛という美味しい食材を見つけることができ、アラクネであるエルダを集落に迎えることができた。
久し振りの探索は十分に実りのあるものだったと言えるだろう。
ちょっと遅めの昼食を済ませると、俺は早速樹海馬の素材を使ってブラシを作る。
基本的な素材は俺の能力で生み出す上に、テンタクルスを磨くために何個も作っている。今さら手間取ることはない。
リーディア、クレア、カーミラの分のブラシがあっという間に完成した。
「ブラシだ」
「遂にできたのね! ありがとう!」
「クレアとカーミラには髪用だけでなく、角用もだ」
「ありがとうございます、ハシラ殿。とても助かります」
ブラシを渡すと、リーディアとクレアが嬉しそうに受け取った。
クレアとカーミラに角の手入れのために頼まれていた硬質ブラシも一緒だ。
「これは髪を梳くためのブラシか? 城で使用人たちが使っていたものよりもサラサラだな!」
「そうですよ。ハシラ殿がプレゼントしてくださったのですよ」
「そうか! よくわからんがありがとうなのだ!」
カーミラはあまりそういったことに関心は薄いようだが、プレゼントとして貰えたこと自体は嬉しいみたいだ。まあ、カーミラだからな。




