エルダの住処
ブラシを作るのに必要な素材をゲットすると、エルダを連れて集落に戻ってきた。
「……樹海に本当に集落があったのね」
集落の光景を見るなり、エルダが驚いたような声を漏らした。
やはり、樹海のど真ん中を開拓し、住もうと考えるのは非常識なことらしい。
俺としては異世界にやってきてここに飛ばされたので、ここで住むしかなかっただけなんだけどな。
「おう! ハシラ、帰ってきたか! リファナはどうだった?」
畑を眺めているとカーミラが飛んでやってくる。
「樹海馬には余裕で戦えていたけど、木で身体を覆う牛みたいな魔物には手も足も出なくて、死にそうになってたから肝を冷やしたよ」
「ワハハ! リファナもまだまだなのだ! この後もアタシがみっちりと稽古をつけてやろう!」
「お、お手柔らかにお願いするよ……」
カーミラにバシバシと背中を叩かれ、苦笑いするリファナ。
色々と反省する点も多かったのでカーミラがみっちりと稽古をつけてくれるだろう。
「ところで、ハシラの隣にいるのはアラクネ族だな?」
「……エルダよ」
自己紹介をするなりカーミラが物騒な魔力を漏らしたので、俺はカーミラの頭を軽くチョップした。
「魔力で威圧するのはやめろ」
「こういうのは最初が大事なのだ! 最初に力の違いをわからせて、舐められないようにだな」
「ここは魔族の国じゃないし、エルダが敵意を見せているわけでもないだろ? 初対面の相手に威圧するのは良くない」
血の気が多い奴にはそれが手っ取り早いかもしれないが、友好的に態度を見せてやってきてくれている客人に対して適切ではない。
「むむう、すまなかった。エルダとやら」
「いいえ、気にしていないわ」
素直に頭を下げて謝罪したカーミラを見て、エルダは少し驚きながらも許してくれた。
「アタシはカーミラだ。よろしくなのだ」
「え、ええ。よろしく」
やや顔が引きつっているがエルダはカーミラの握手に快く応じてくれた。
自己紹介と和解を済ますと、カーミラはリファナを連れて稽古場へと歩いていった。
「……物騒な魔族がいるのね」
「魔王の娘だ」
「道理で魔力が桁違いだと思ったわ」
「ちょっと血の気が多いが、素直でとてもいい奴だ」
「そうみたいね」
先程、素直に謝罪したのが良かったのだろう。
エルダもそう受け止めてくれたようだ。
「少し歩き回ってもいい?」
「構わないぞ。レント、お前は木牛の肉をリーディアに渡してくれ」
レントには一足先に戻ってもらう。
木牛の肉が食べられるのか、リーディアやクレアに判断してもらいたいからな。
レントの背中を見送り、俺はエルダの後ろを付いていく。
野菜畑、麦畑、モチモチ畑などといった集落にある畑を巡っていく。
畑では作業をしているエルフや獣人の女性たちがおり、俺と向かって手を振ってくれる。客人であるエルダは好奇の視線を向けられ、アルテをはじめとするエルフたちに声をかけられていた。
「アラクネさんの衣装、とってもオシャレですね! もしかして、自分で作っているんですか?」
「え、ええ。自分の糸を使って衣服を作っているわ」
白と黒を基調としており、やや民族的な雰囲気を思わせる衣装だとは思っていたが、まさか自分で作っていたとは驚きだ。
「すごーい! 自分で服を作れるなんて憧れます!」
「そ、そう? ありがとう」
アルテたちから賞賛の言葉をかけられて、エルダが照れたように笑う。
大人びた性格をしているエルダがこういった様子を見せると微笑ましいな。
やがて、アルテたちが作業に戻ると、エルダがホッとしたように息を吐いた。
「こういう雰囲気は苦手か?」
「苦手というか、こんな風に誰かと話すことってあんまりなかったから……」
どこか慣れていないように話すエルダの言葉に、アラクネという種族の生態が気になった。
「普段、どんな風に暮らしているんだ?」
「私たちアラクネは、樹海の中に縄張りを持っていて、それぞれが別々に暮らしているわ。時折、情報交換くらいはするけど、こんな風に誰かと集団で行動することはないわね」
「なるほど。だとしたら、ここでの生活は肌に合わないか?」
「わからない……だけど、生活している皆の姿を見て、私もここに住んでみたいとは思ったわ」
「なら、一度住んでみるか? それで合わないと思ったのなら、去ってもらっても構わない」
「それでいいの?」
一度も集団生活したことがない者に、いきなり定住する覚悟を決めろというのも酷だ。
まずはお試しでしばらく住んでみて、合わなければすっぱり止めればいい。
別に一緒に住まなければ死ぬというわけでもない。エルダは樹海で一人で生きていくだけの知恵と力があるのだから。
そのことを伝えると、エルダは嬉しそうに笑った。
「ありがとう。なら、しばらくお世話になるわ」
「エルダを歓迎するよ」
改めて手を差し出すと、エルダは優しく握り込んでくれた。
こうして、集落に新しい住人が一人増えることになった。
「集落に住むに当たって家を作ろうと思うのだが、希望はあるか?」
「家っていうのに住んだことがないからよくわからないけど、広い家がいいわね」
エルダの身体は上半身こそ人間であるが、下半身は蜘蛛だ。
「そうだな。普通の人間族に比べて幅を取るしな」
何気なく思った言葉を口にした途端、エルダの額に青筋が浮かんだ。
あっ、と思った瞬間にはもう遅い。
「……あなた、デリカシーがないってよく言われない?」
「すまない。女性に対してかなり失礼だったな」
「まあ、別にいいけど」
別にいいのであれば怒らないでほしい。と思いはしたが、それを口にするほど俺はバカじゃない。
「まずは作ってみよう」
居住地として問題のない平地に移動すると、俺は能力を使って民家を建ててみる。
「家まで作れるのね」
「植物であれば、俺は自由に操れるからな。ここにある家のほとんどは俺が作ったものだ」
説明しし出来上がった民家へと案内する。
「へえ、人間族が住む家って、こんな感じなのね」
家の中を眺めてエルダが感心したように言う。
基本的な造りは獣人たちの住んでいる家と変わりない。ただエルダの体格を考慮して、入り口を大きくしたり、やや天井を高くしている。
「能力で作っているから建て直すのも大して手間じゃない。不満な点があれば、言ってほしい」
「そうね。希望を言えば、もっと天井を高くしてほしいかしら?」
もしかして、家の中でも巣を作ったり、ぶら下がったりするのだろうか? なんて疑問が湧いたが、女性の生活を深く尋ねるのは良くないだろう。
言われた通り、家の作りを縦に長くしてみる。
構造を二階建てにし、階段は螺旋階段にして、エルダが糸で生活をしやすいように解放感のある感じだ。
「これでどうだ?」
改めて尋ねると、エルダは糸を使って器用に螺旋階段を登った。
「いいわ! とっても最高だわ! これなら私でも暮らせるような気がする!」
エルダが嬉しそうに言った。
蜘蛛らしく自由に動き回れるスペースを確保したことが大変お気に召したようだ。
「そうか。それなら良かった。生活道具は後で運び込ませよう。わからないことがあったら集落にいる他の奴に聞いてみてくれ」
「ありがとう。で、これだけ丁寧に用意してくれたわけだけど、私はここで何をすればいいかしら?」
「エルダは衣服を作るのが得意なんだよな?」
「まあね。私の糸は手触りも良くて、衣服を作るのに向いているわ」
シュルシュルと糸を出して、自慢げに答えるエルダ。
個体によっては衣服作りに向かない糸もあるのか。ちょっと気になるが、話が脱線しそうになるので、またの機会にしよう。
「なら、皆のために衣服を作ってくれると嬉しい」
「いいわ。作ってあげる。でも、それだけでいいの?」
エルダの様子を見ると、他にも役割を欲しがっていそうな感じだ。
「集落の周りに糸を張ってもらって、不意にやってくる魔物なんかの感知を頼みたい。後は気が向いた時にでも素材の採取にでも付き合ってもらえると助かる」
集落を囲うようにキラープラントを植えてはいるが、全方位をくまなくカバーできるわけではない。そこにエルダの目に見えない感知の糸を張り巡らせれば、集落はより安全になるだろう。
「ええ、いいわ」
やってもらいたいことを告げると、エルダは鷹揚に頷いた。
あまり一気に頼んでも大変かと思ったが、本人に意欲があるのなら問題ないだろう。
「割と頼ってもらえると嬉しいタイプなんだな」
「べ、別にそんなんじゃないわよ」
微笑ましく思いながら言うと、エルダは顔をほんのりと赤く染めて残して家に籠った。




